第18話 西園寺せつなは知っている
「もしこれでご自分の身勝手な憂さ晴らしになるならば貰いますが、本当に俺に感謝するんだったら、それは、そんな虚しい事はやめろ」
俺は冷めきった目でおじさんの瞳を睨め付けた。年齢も経験も社会的地位も経済力も何一つ敵わない俺だが、ここで引き下がるわけにはいかない。諦めて、妥協して譲歩したら俺をずっと虐めてきたクソ野郎どもと一体何が違うっていうんだ。
俺の真剣な顔を見たおじさんは目を逸らし、綺麗な景色がみえるところに視線を移動させた。そして、落ち着いた口調で語りかける。
「君からは実直な英雄としての矜持とか欲望とかがこれっぽっちも見受けられない。かといって博愛主義者みたいに慈愛深い人間のようにも見えないな」
「何が言いたいんですか」
俺は眉根を寄せて彼に問い詰めた。すると、彼は俺に視線を向ける。
「なにが君を突き動かしたのか教えてくれないか。あの火の海に飛び込む事ができた原動力を」
おじさんは切実たる面差しで俺に問いかけた。俺は深々と吐息を漏らしてから答える
「その質問に答える事は出来ません」
俺は視線を逸らし俯き顔になる。初対面の人に言う義理なんてないし、俺が今まで歩んできた人生を歴史を知らないと説明がつかい。そして俺自身も言葉で納得のいく説明ができる自信がないから。
「お前も言ってくれないのか」
「うん?今なんって」
「いや、なんでもない」
おじさんが小声で何かを言ったような気がするが口元でボソッと漏らしただけだから、聞きそびれてしまった。大した事はおそらく言ってないだろう。
おじさんは、静かに目を瞑って息を大きく吸う。やがてため息にも似た形で肺に溜まっていた全ての空気を吐いてから、目を開いて言った。
「君はこれからどうするつもりだ?」
「どうするも何も、デザート食べ終わったら普通に帰りますけど」
「そっか」
さっきまでのおじさんの惨憺たる顔は、いつのまに跡形もなく消え失せ、自己憐憫にも似た諦めたような表情で俺を見る。もうこれでいいだろう。こんな訳の分からん会話続けても気持ち悪いだけだ。
「俺、リビングに戻ります」
そう軽く伝えた俺は踵を返してガラス張りのドアへ向かった。おじさんは頷くだけで俺について来る気配はない。おそらくもっと風にあたりたいのだろう。
リビングに戻ったら革製のソファーに囲まれたテーブルの上に、食後でも食欲をそそる美味しそうな果物やデザートが並んでいた。俺が買ってきたフルーツ、高級感あふれるケーキにデパートで売っていそうな洋菓子など。あと、俺の鼻を優しく刺激するブラックコーヒーの心地よい香り。
西園寺家の女性3人は俺の存在を確認すると、笑顔で迎えてくれた。3人は同じソファーに座っており、俺は反対側のソファーに適当に腰掛けた。つまりテーブル隔て対面する構図になっている。俺はフォークを手に取り、自分が買ってきたフルーツの一つをさして食む。
すると西園寺京子さんが温かな笑みを浮かべて良さしく話し始めた。
「ありがとうね藤本くん。あなたのお陰で娘も助かったし、こうやって家族4人全部集まる事もできたわ」
「いいえ。ていうか、家族4人集まるのってそんなに難しいことですか?」
フルーツを食べ終えた俺が洋菓子に手を伸ばしながら聞く。
「そう。主人は忙しいし、皆んな学業なり仕事なりでこうやって4人揃うのは、年に数回くらいかな」
西園寺京子さんが残念そうな顔で呟くと、横にいた西園寺せつながうんうんと首を縦に振って言う。
「そうよね。皆んな忙しいし」
洋菓子をもぐもぐしながら西園寺せつなの顔を見てみる。彼女はさも悲しげな目でフルーツを口に入れている。なんというかシュールな光景だ。
でも本当に忙しくて集まってないだけだろうか。周りの空気が、諦念めいた気持ちが、勝手な思い込みが互いを引き離す事だってあるだろう。無論、真意は分かりかねる。一つはっきりしているのは、俺が4人を全部集めさせた媒体だという事。冠婚葬祭のように集まっていい口実を与えただけ。つまり都合の良い相手だ。
暫く沈黙が訪れて、もぐもぐタイムを満喫中だったゆきなちゃんがいきなり俺にキラキラした興味津々なお目々で問てきた。
「ふじにいちゃんは普段何して過ごすの?」
まあ、聞かれた事が答えられる範囲内なら答えるのが俺の流儀だ。ていうか、ゲームのnpcもそれくらいはするからね。石ころとnpcがロールモデルであるところの俺は、しばし考えてから言葉を発する。
「そうね。バイトとか料理とかプログラミングとか?」
「どんなバイト?モデルとかやっているの?」
「いや、普通にコンビニ店員さんやっているよ」
「そうなんだ」
おいなんでそこで暗い顔してんだ。勝手に期待して勝手にガッカリするのやめてくれる?ていうかモデルってなんだよ。あは。さてはゾンビのモデルやってますかって言ったのか。目の腐り具合なんか絶対負けない自信あるし。なんなら腐りすぎて原型保ってない自信まである。ていうかコンビニバイトなめんな。
他人が聞くとドン引きするような事を考えていると、西園寺京子さんが一瞬顰めっ面をするのが見えた。うん。分かってますよ。バイトやっている根暗な底辺野党がお宅の美しい娘と関わりを持つのは宜しくありませんよね?そもそも関わる気ゼロだからご安心あそばせ。
居心地の悪さを骨の髄まで叩き込まれると、後ろのベランダから戸を引く音が聞こえる。おじさんが戻ってきたような。潮時か。
俺はコップに残った飲み物を一気飲みした。それから別離の言葉を告げるべく、徐に口を開く。
「あの、そろそろ俺、帰り、」
「藤本さん」
突然西園寺せつなは俺の別れの言葉をいとも簡単に断ち切る
「うん?」
当惑した俺をものともせずに続ける彼女。俺含むみんなの視線は西園寺せつなに釘付けだ。
「藤本さんは神戸大学を2年前に首席卒業しましたよね?」
「え?どうしてそれを?」
何がどうなっているんだ。
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