第17話 藤本悠太は貫き通す

 俺と西園寺姉妹のお父さんとのやりとりの中で醸し出される異変に気づいてか、西園寺せつなが横槍を入れてきた。


「とりあえず食べましょう!」


「そうよ!今日はとっておきの美味しい肉で作ったステーキだからね!」


 西園寺京子さんも助勢に入る。これ以上あの人と睨み合っても何も解決しないし、大人しく食してさっさと去るのが得だと踏んだ俺はゆきなちゃんが引いてくれた椅子に座った。


 西園寺京子さんが料理を作ったら、長女である西園寺せつながそれを皿に盛ってテーブルにセッティングをしてくれる。そうこうしているうちに全ての準備が整った。

 

 4人家族用の食卓だが、サイズ自体は大きめなのでロの字の形をしたテーブルの上には西園寺姉妹、下には西園寺夫婦。そして左側に俺が座っている。

 

 見るからに美味しそうなお肉だ。きっと高い牛肉を使ったに違いない。他にも、サラダ、バゲット、スープ、など、見てるだけで涎がでる組み合せである。ご飯ではなく、バゲットを用意したのはポイント高いな。


「いただきます」


「美味しく召し上がってくださいね」


「本当に美味しそう!」

 

「ほら、ゆきなちゃん行儀が悪いじゃない」


 それぞれ異なる反応を示しながら口に肉を運ぶ。


「うまい」


 俺は口のなかで肉汁が飛び跳ねる食感を感じ無意識に味の感想を漏らしてしまった。


「でしょう?昨日、主人が知り合いのお肉屋さんに頼んで1番いい牛肉をもらったのよ」


 もぐもぐしながら自分の頬っぺたに手を当てて幸せそうに言う西園寺京子さん。


 西園寺姉妹も、すっかり味の虜になったらしく、感嘆の声を漏らしながら法悦に浸っている。しかし、あのおじさんだけは依然として沈黙を貫いていた。


「ありがとうございます。お陰様で美味しい肉が食べられて、嬉しいです」


 俺は淡々とおじさんに言葉を向ける。すると彼はフォークとナイフをテーブルの上に置いて、俺に問いかける。


「藤本くんは、お酒はいける口か」


 お酒か。料理以外に使った事がないな。俺は酔うのが嫌いだ。


「いいえ。お酒は飲めません」


「そうか」


 それっきり、会話が途絶え、お互い食べる行為に集中する。もし、ずっとこの人達と関わらなければならないとなると、俺は食欲を感じなかったのだろう。この家の女性陣は表面上は平穏を装っているようにも見えなくもない。だが、この男は違う。俺を詮索、或いは試しているような眼差し。娘を助けてくれたのはありがたいけど、これ以上近づかないでね?みたいな、普通の人間が考えそうな本音があるとしたら分かりやすい。勿論それもあるだろうが。、別の何かがあるような予感がする。

 

 まあ、要するにあの人なりに事情ってものがあるだろう。だが、俺を巻き込まないで欲しい。

 

 あまり深読みしても疲れるだけだ。

 

「ごちそうさまです」


 それぞれ食事を終え、俺が先に席から立とうとすると、西園寺京子さんに「もっと食べる?」と言われたが、丁重に断った。


「藤本くん、リビングのソファに腰掛けて待ってくれる?せつな、デザートの用意お願いするね」


 西園寺京子さんは後片付けをしながら自分の娘に優しい口調で話す。


「わかりました」


「私も手伝う!」


 ゆきなちゃんもばたばた動く2人を見て、居ても立っても居られなくなったのか、食後のデザートを準備する西園寺せつなにつきっきりで手伝う。

 

 女性3人はさも楽しげに作業に当たっているが、男性2人は言葉を交わす事もなく沈黙が流れている。どれくらい経ったんだろう、いきなりおじさんが俺に話かけた。


「藤本くん、ちょっとバルコニーに行かないか。話したい事があるんだ」



 あいも変わらず難しい顔で俺に提案するおじさん。話があるなら、ここでやればいいだけなのに、キッチンにいる女性3人を避けるような形で俺に一体何を伝えるつもりか。まあ、大体予想は付くが。

 

 彼の意中を察した俺は、言葉の代わりに無言の頷きで返す。俺の反応を見るや否や、彼は深くため息一つ吐くと立ち上がった。俺も彼の動きとほぼ同じタイミングで立つ。そして彼が示すベランダへ。


 ベランダの外の風景は素晴らしく、六甲山含む緑や建物などが全部見渡せて正しく壮観であった。おじさんは俺が入ったことを確認すると軽く咳払いをし、奥の方に俺を誘導する。俺がベランダの奥の方に進むと、後ろのガラスは見えなくなり西園寺家の女性3人が俺たちの存在を確認する術がなくなった。つまり完全に2人っきりになってしまった。俺は訝しむように彼の方を見つめる。するとおじさんは、上着の内ポケットに手を入れて、スマホを取り出した。すると、何回かタッチをしてから話す。


「君の口座番号を教えてくれ」


「なんでですか」


「5000万円なら足りるか」


 普通、こういう場合は札束の入った封筒を渡すものだと思うんですけどね。世の中をだいぶ変わったね。悲しいな。何でもかんでもデジタルで解決するなんてよ。でもこのシチュエーションはある程度予想済みだ。お金払うから、もう関わるなというやつ。つまりこれは取引である。俺はゆきなちゃんを救ったというリスクを犯し、お金というリターンを得る。このおじさんはお金という対価を払って娘の命という価値を手に入れた。ウィンウィンじゃないか。と思う人もきっと大人数いるだろう。だがしかし、これは前提自体が間違っている、故にこの取引は成立しない。俺はゆきなちゃんを救ってないからだ。自分の都合に巻き込んだだけ。このおじさんは勘違いをしている。美化なんかさせるもんですか。

 

 ずっとイジメられて殴られてきた俺だが、決して諦めることのできない、捨てることのできない存在があって、それが正しいものか未だ判然としない。でも俺は、俺は、この存在を最後まで守り通さないと行けない。なぜならこれが、この決意が、自分を自分たらしめ得る数少ない根拠になるかも知れないから。


 そう決心した俺は密かに透き通るような声音で彼に向かって言葉を紡ぐ。


「もしこれでご自分の身勝手な憂さ晴らしになるならば貰いますが、本当に俺に感謝するんだったら、それは、そんな虚しい事はやめろ」

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