第15話 交流という名の試練が始まる②
カツカツと歩道ブロックと靴底がぶつかる音が二つ聞こえる。一つは俺の。革のスニーカーを履いたため、ほぼ聞こえない。そもそも俺は、普段から足音を立てない主義なので、意識でもしない限り、人が歩いているのかそれとも、猫が歩いているのかも判別がつかないだろう。それに引き換え、俺の隣で平然と歩いている西園寺せつなの足音は一言で言うと目立つ。小綺麗なヒール付き靴を履いたため、遠くからでもカツカツという音が鮮やかに聞こえるほどだ。異なる二つの調べは互いに干渉することなく、それぞれ独立した状態を保つ。フーガのように独立した旋律が合わさってより美しい音を奏でるのではなく、むしろ不協和音に近い。思うに、この二つの足音は一生調和することはないだろう。そんな事を考えていることも露知らず、不意に西園寺せつなは口を開く。
「あの、藤本さんって呼んでもいいですか?」
「は、はい。」
俺は正面を見て歩いているため、西園寺せつなの顔を見ずに答えてしまった。正直に言おう。俺は緊張している。バイトとか、趣味とか、はっきりとした目的がある集いにはある程度俺も理解を示して、十分にあり得ると認識しているから問題にはならない。けど、この手の集まりに俺は一体どういう態度を示したらいいのだろうか。いくら、この招きを否定的に捉えるとしても、実戦経験がないから一体どういう風にやり過ごせばいいのかまったくわからない。見当もつかない。まさしく一寸先は闇。俺が暗い顔で小さなため息を吐くと、西園寺せつなはまた言葉を紡ぐ。
「私は西園寺でもいいし、何なら、せ、せつなと呼んでくれても構いません」
な、名前?え?いきなり何を言ってんのこいつは。俺は眉根を寄せてしばし、考え事をする。深読みする必要はない。この子は他の人に対してもこんな言い方なんだろう。俺の勝手な思い込みかもしれんが、今のところ、これ以外の合理的な解は導き出せない。俺は安堵し、胸をなでおろしてから西園寺せつなを見て言葉を発する。
「西園寺さんでいいですか」
「は、はい…」
おい、なんで俯いて落ち込むんだよ。ひょっとしてあれか、気疲れでもしたのか。まあ、無理もないことだ。実は俺も超気疲れしているからな。まだ食事会は始まってもないのに疲れるなんて、前途多難だ。先が思いやられる。
それっきり会話は続かない。下手に話題を広げることはせず、この沈黙を楽しむほうがより合理的な選択だと言えるだろう。と思って、ひたすら歩き続ける。
西園寺せつなに誘われた先には、巨大なタワーマンションがそびえ立っていた。すげー高いな。上階に住んでる人は地震とか災害が起きてエレベーターが故障したらどうやって上るの?40階は軽く超えそうなんだけど、階段で上るの?下半身鍛えられそうで健康的だな。
要するに彼女はこのタワーマンションに住んでるらしい。所作や苗字からして金持ちの匂いがプンプンしたし、ある程度、教養のある家庭で育ったんだろうなという確信はあった。
にしてもタワーマンションか。俺とは全く関りのない世界だわ。節税のためにお金持ちが買い占めるイメージはあったが、直接住んでる人を見るのは初めてかもしれない。
「どうぞ入ってください」
「はい」
俺は冷静な声で答えてから手招く彼女についていく。最初こそ緊張はしたが、次第に平常心を取り戻した。俺は部外者だ。つまり、数時間すれば、この未知の世界ともおさらばできる。ラインに登録されている西園寺せつなとゆきなちゃんのアカウントも削除して、いつもの日常にまた戻るのだ。そう自分を諭しながら西園寺せつなの後ろをついていく。
エントランスに入ると、警備員が鎮座していて、俺をまるで不審者のように見ている。だろうな。こんな死んで30日もたった鯖のような目をしている根暗な男はこんなところ通ったりしないからな。30日も経てば、腐敗しきってもはや目なくね?
ゴージャスなエントランスを通り過ぎ、エレベーターに乗った。西園寺せつなは最上階である47階が書かれたボタンを押すと、短いため息を一つ吐く。最上階かよ。一番見晴らしがよく、高いところだね。高さも相場も。やっぱり災害が来たら大変そうだな。
そんな庶民的なことで頭がいっぱいになっている俺を彼女がちらちら見てくる。それから何か思い出したのか、もじもじと身じろいてから口を開いた。
「もしかして、藤本さんは。。」
が、途中で唇を噛みしめるように口を結ぶ。会話は途切れ、不自然な空気がエレベーターにたなびくことを感じながら俺は続きを促した。だが、西園寺せつなは顔色を変え、いつもの朗らかな明るい表情を作る。
「いいえ、何でもありません」
さっきまでの意味ありげな面差しはかき消され、笑みを浮かべて静かに佇んでいる。何を言おうとしたのか。別にそれを知ったとしてなんかが変わるわけでもない。だから彼女の微笑みは信用できない。
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