第12話 姉妹の家に招かれる

X X X


「はあー」


 ベットに横たわっている俺は、大きいなため息をひとつ吐く。まだ太陽の恐ろしい光が照りつけている真昼間。扇風機の風は熱風と化したため、エアコンをつけたばかりだ。涼し風が俺の皮膚に当たる気持ちよさを感じつつ、錯綜とした顔で数時間前の出来事を振り返ってみる。


 落ち着きを取り戻したゆきなちゃんとゆきなちゃんの姉は、俺の座っているテーブルの向こうの席に移動するとそのまま会話を始めた。


「自己紹介がまだでしたよね。私は西園寺せつなです。」


「藤本悠太です」


「悠太兄ちゃんだね!私は西園寺ゆきな!」


 それぞれ自己紹介を済ませると沈黙が訪れる。西園寺姉妹はこの不自然な静かな雰囲気が気に入らないのか、指を絡めながらキョロキョロしている。おい。やめろ。見てるこっちまで気になるだろうが。しかし、この静謐な空気は程なくして突き破られた。


「悠太兄ちゃんはこのノートパソコンで何してるの?」


 ゆきなちゃんは興味津々な目付きで素早く俺の隣の席に移動する。予期せぬゆきなちゃんの行動に驚いて条件反射的に距離をとる。しかしゆきなちゃんは俺の動揺なんか全く気にせず俺の方にもっと身を寄せて双方の腕が触れあう。最近の子供は積極的だな。諦めよう。逃げられないのであれば、被害を最小限に抑えるのが俺流の哲学。そして隙あらば逃げる。

 

 ふーと深いため息をついてから思索にふけてみた。隙を見つけるのは簡単だ。相手にとってつまらない或いは、小難しいことを喋ればすぐ興味を無くして俺から離れるだろう。今俺がやっているのは非常に複雑なコーディングだ。一介の小学生が興味を示すはずが無い。そう踏んだ俺は得意気に口を開く。


「これはプログラミングだ」


「プログラミング?」


 ゆきなちゃんはまん丸な目を瞬かせながら疑問形で言った。頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。


 ほら見たことか。段々と表情が明るくなるぞ。うん?明るく?普通暗くなるもんだろう。なぜだ。なぜ正反対の反応を示す。俺は戸惑い気味にゆきなちゃんを見た。すると生意気とも妖艶とも取れる笑みを浮かべてお姉さんの方へ視線をやるゆきなちゃん。


「ニッヒッヒ。お姉ちゃん。お兄ちゃんプログラマーだよ!」


「え?ほ、本当?凄いですね!藤本さん」


 いやなんか話の流れが変だぞ。プログラミングやってる連中は、世の中、掃いて捨てるほどいるだろうによ。それにゆきなちゃんは間違った発言をしている。俺と関係がないのであれば別にどうでもいいが、あっちこっち散らばる石ころであるところの俺にそんな肩書きを与えるのはよろしくない。と思って俺はこの姉妹を交互に見ながら言い始める。


「別に俺はプログラマーじゃないよ。これは単なる趣味だ」



「そっか」



 淡々と言ってのける俺にゆきなちゃんは興ざめしたのか、お姉さんの隣へと戻る。よし。これで第一ステージクリアって感じか。なんで俺はこの状況をゲームに例えてるんだ。ゲームなんかしないのに。気持ち悪いね俺。とどうでもいいことを考えていると、西園寺せつなは納得顔でうんうん言いながらニッコリ笑みを浮かべて俺に顔を向ける。


「趣味でプログラミングをするなんて凄いですよ!とても素敵な趣味だと思います!」


 この笑顔には一点の曇りもなく天真爛漫な色が漂っている。アイドルレベルの美貌と相まって神秘的なオーラを感じられた。だから余計疑わしい。でもまあ、プログラミングがいい趣味であることには否定しないが。だってお金かからないし、時間つぶしに丁度いいし、生産的だし。


 人間の醜さを探して吟味する悪趣味を持っている私ごとですが、正しくて真っ当な意見を言われたら、受け入れて理解し納得するまでの器は持っているつもりですよ?そもそも人のアラ探してる時点で器もクソもねえじゃん。


 俺は無言のまま顔だけ頷いてみせる。


 また静寂が訪れた。ここまで来ると、この静かな空気も自分の体の一部のように感じられる。が、向こうはそうでも無いらしい。見ると、西園寺せつなはモジモジしながらゆきなちゃんをチラ見する。それを感知したゆきなちゃんは西園寺せつなのお腹を膝でつついて意味深な顔で何かを促す。何やってんだあの姉妹は。


 パソコンを見るか姉妹見るか、どこに視線を置けばいいのか頭を悩ませている俺に西園寺せつなはおもむろに言葉を発する。


「あの、よ、宜しければ、私たちの家に来ていただけますか?」


「は?」

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