第13話 藤本悠太は考える
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と、言うわけで、来週の水曜日の夜に西園寺家に行くことが決定した。正直に言うとあまり乗り気ではなかった。しかし断るわけにはいかない。あまり露骨に避けるとかえって不審がられる可能性がある。無難にやり過ごすことを常日頃から心がけて行動する俺にとっては、一線を越えるような馬鹿な真似はしない。
世の中の価値観で言えば、これは心温まるエピソードなのだ。だから冷や水をかけるような雰囲気壊し屋的な愚行はするべきではない。それは蛮勇と呼ぶべきものだ。そう。つまりこれはサービスのようなモノだ。人間は自分にとって役に立ったり、いい働きをする存在、つまり都合のいい相手に対しては手を出したりはしない。だが、役に立ちすぎても問題だ。だからバランスを取りながら頃合いを見計らって身を引こう。
西園寺せつなはゆきなちゃんを助けてくれたお礼がしたいと、自分の両親も俺に会って恩を返したいと言っている。別に俺はそんな待遇を受けるようなことはしていない。だけど、俺に恩を返すという「行い」によって西園寺家の人々が自己満足して、鬱憤を晴らすことができるのであれば、少し癪だがそれに付き合うことにしよう。
つまり、今回の西園寺家への招待に俺という存在はない。ただ単に彼ら彼女らの独善的な独りよがりだけがあるのみ。まるで、餓死していく乞食に腐ったパンを与えて、さらに靴底で踏んづけて、それを食べて自分に感謝しなさいと勿体ぶる豚より太った中世ヨーロッパ時代の成金貴族のようなものだ。心温まる物語は所詮、物語に過ぎないのだ。あるのは自分の欲求を満たす自己中心的な価値観、お互いを道具として利用して自分の目的を達成する利害関係の一致のみ。
そもそも、人と極力関わらないようにバリアを張ってきたので、こういう新しい出会いにはどうも後ずさりしてしまう。だがいくら後悔しても後の祭りだ。俺がゆきなちゃんの人生を大きく変えたのは事実だし、それ相応の責任を果たす義務がある。本当に嫌だ。俺は責任をとるほど立派な人間ではないし、むしろ、責任からずっと逃げてきた臆病者だ。だから賢く対処する必要がある。角を立てることは許されない。自分の存在をアピールする必要はない。つまり、逃げるのは楽しいし、役にも立つ。
「ふー」
考え事は、時として時間の感覚を狂わせる嫌いがある。真夜中の眠るときにする空想や妄想は、寂しさと不安をなくしてくれるいい作用があるが、太陽がまだ沈んでない明かるいときにやってしまうと、今日やるべきことやスケジュールに悪影響を及ぼす。
ふと窓を見やると、朱が差した。暮れなずむ太陽は惜しむように猛烈な赤を放ち、斜陽が俺の部屋のありとあらゆるものを染め上げる。まるで自分が別世界に来ているかのような錯覚に陥てしまいそうなゴールデンアワー。この流れだと赤は紫色へと変化を遂げ、やがて闇が全てを飲み込むだろう。
「あ、晩ご飯作るの忘れちゃった」
やはり、人間と関わるとろくなことがおきねーな。
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