第8話 やっぱり人と関わるのは疲れる
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家に着いた。
玄関のドアを鍵で開け、靴を脱ぎ、そのまま横になる。
靴底は火で焼かれ形が崩れ、変形している。新しいもの買わなきゃな。Tシャツも一部が千切れていて使い物にならない。
「ふー」
不覚にもため息が漏れる。今日は想定外の出来事尽くしで俺の脳が処理しきれていない。
目を閉じて今日起きた事件を思い出してみる。駅構内で気違いの男が放火事件を起こして、ゆきなちゃんという女の子を助けた。これはノブレスオブリージュとか奉仕精神に基づく行為ではない。俺は貴族でもなければ、他人のために自分を犠牲にするようなお人好しでもない。そもそも奉仕活動とかやっている連中も、ふたを開ければ自分の欲求を満たすためだけにやっているところがあるだろう。
乞食とお金持ちの話をしよう。人がたくさん通る高級ホテルの近くに乞食がいて、跪いて小銭をくださいと懇願しているとしよう。暫くしてお金持ちが現れていくばくかのお金を乞食に渡したとしたら、この物語は一見美しいく見えるかもしれない。恵まれたものが恵まれていないものに対して施しを与える。実に素晴らしいストーリーだ。だが、俺の目には醜い取引にしか映らない。
裏を返してみよう。あの乞食は自分を可哀想な人であるとアピールしてお金を得、お金持ちはお金を与えて社会的名誉というある種の承認欲求を満たすのだ。
かみ砕いて説明すると、乞食は大勢の前で恥をかくというリスクをおかして、お金というリターンを得た。お金持ちはお金というリスクをおかし、承認欲求を満たすというリターンを得た。
つまりビジネスに過ぎないのだ。俺は人間のこういうところが嫌だ。俺がゆきなちゃんを助けたのは、きっとこういう醜いビジネス関係よりもっと質の悪い何かによるものだと思う。俺の一方的な考えにあの幼い女の子を付き合わせたようなものだ。
しかしあの子は命を救われた。リターンの方がはるかに多い。だからこれでいいんだ。この言い訳で事足りる。
自分が嫌になる。やっぱり人間と関わるのは本当に疲れる。もう二度とあの子に会うことはないと思うのだが。
シャワー浴びよう。
温かい水で自分の身体に付着した汚れを全部洗い流し、夕飯の支度をする。時計の針は午後7時を指している。いつもより少し遅れてしまった。
「いただきます」
メニューは昨日作っておいた肉じゃが。料理作りが趣味な俺は、よほどのことがない限り、直接料理を作って食べることにしている。
野菜のうまみが滲み出た汁と豚肉のジューシー溢れる食感が俺の舌で踊り、満足感を与える。
「美味しい」
今日のことは忘れよう。明日からはいつもの日常に戻るのだ。人間の事を考えても鬱になるだけだし、こういう時は、逃げるに限る。そもそも俺は、人間との関わりを持たない石ころのような特権を持っている。だから、当事者として物事を見るのはなく、あくまで観測者として離れたところから物事を観察する事に尽力しよう。
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