第7話 俺は生きている
救急車のサイレン音が鳴り響いている。もうすぐ救急隊員が来て鎮圧作業に当たる頃合いだ。
この子はこれで助かることになるだろう。助けてくださいと声を大にして叫ばなくても人に見つかるはずだ。手筈は整った。これで俺の役目は終わった。
頭を振り絞っても理由や原因が見つからないときは、自分で仮定を立てて矛盾するものを一つ一つ丁寧に潰していけば、それなりの結論に到達することはできる。
つまり、俺が今まで生きてきた理由がゆきなちゃんを救うために存在したとしたら、俺はもう既に用済みの捨て駒というわけだ。犯人男の前では勢いよくゆきなちゃんを捨て駒だと宣言したのに、本当の意味での捨て駒は俺か。
俺は犯人男がいた改札に戻った。だが、犯人男の姿は見えない。あいつがどこをうろついたって俺の知った事ではあるまい。
熱い。マスクをしたのに喉も痛い。
俺はここで死ぬのだ。
これでいい。
苦しみしか存在しなかったこの世とはさらばだ。
『お兄さん!絶対死んじゃダメ!私が許さないから!』
ふと、ゆきなちゃんのセリフが脳裏をよぎる。そして、どうしても潰せない矛盾が俺の頭に鎮座した。
「俺、今生きてんじゃん。何勝手に死のうとしてるんだ。情けない」
俺はゆきなちゃんを救う事に成功し、なおかつ今こうやって生きている。つまり、俺の人生はこれで終わりというわけではない。今生きているのにはもっと別の理由があるのか。
気づいたら、俺は自分自身に対して数えきれないほどの質問を投げかけていた。埒が明かん。とりあえず戦略的撤退だ。逃げているだけだけどね。俺、逃げるの超得意だし。
「行くか」
そう小声で言い捨ててからゆきなちゃんのいる入り口ではなく別の入り口へと向かうのだった。
別の入り口付近にも避難者は多く、医療機関の関係者も大勢いて、怪我した人々を手当てする。あまりにも負傷者が多かったので、誰も俺の存在に気づいていない。ラッキーだ。俺は注目されるのは嫌だ。スポットライトを浴びると、またいじめられたり、殴られる確率が上がるから。影のように陰湿な人間というポジションを貫き通す。
俺は人いきれを分けながら静かに進んでいく。目立つことを極力避けて、家まで歩いていく。びしょ濡れだった服は。火事によって発せられる熱でだいぶ乾いてきた。様々な考えや疑問が俺の頭にこびりついて離れてくれないが、とりま家にいったん帰ってシャワーでも浴びてから整理しよう。
歩調を速めた俺は、1DKの我が家目掛けてまっすぐ歩んだ。いつもなら黒山の人だかりの商店街には人出がまばらだ。おそらく野次馬と化して事故現場を覗いているだろう。
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