第6話 これで願望を叶えたのだろうか
声が聞こえるところを見ると、小学生ほどの小さな身体をした女の子が這いつくばって俺の方に顔を向けてくる姿が見えた。女の子の膝には傷があり、まだ癒えてないらしく、血を流している。はて、足を怪我して歩くことができないのか。
電車の扉にまたがる形で寝そべているこの女の子の様子を見てすぐ正体に気が付いた。
「ゆきなちゃん」
「どうして私の名前を?」
力のない声で言って俺を見上げるゆきなちゃん。姉と瓜二つだから誰だって見抜ける。
俺はゆきなちゃんの質問には軽くスルーして、必要な事項だけ聞いた。
「歩けるか」
すると、ゆきなちゃんは顔を横に振って暗い顔を作った。こんな過酷な環境でほったらかしにされて疲弊している様子だ。マスクもつけていない。とりあえず今すぐやらないといけないことをしよう。
そう決めた俺は、横になっているゆきなちゃんに近づいた。足の傷をペットボトルの水で洗い流し、俺の服の一部をちぎって手当をしてあげた。手以外の人の肌を直接触るのは何年ぶりだろう。拳で殴られてた中学生だった時以来ではなかろうか。あの時は強引に触れられただけだけど。
ゆきなちゃんの肌はすごくやわらかな感触だった。まるで、泡を立てたシャワーボールのようなさわり心地。しかしこの子を可哀想だとか、慈しむことはない。この子は、俺の心の奥深いところにある謎を解くために勝手に利用しているだけ。だから道具だ。俺はモノに当たらない人間だ。ゆえに道具を扱う時はいつも細心の注意を払うように心がけている。
応急処置を済ませた俺はゆきなちゃんを背中に乗せる。
「ありがとうございます」
ゆきなちゃんはそう言い終えると自分の身体を俺に委ねる。小さな温もりが俺の背中を温めた。
火事の範囲がもっと広まる前に、俺は重たい足を動かし、再び入り口へと赴く。これで俺の望みが叶うのか。何かを成して、そして、死ぬのか。
最初こそ身体が重かったが、徐々に宙に浮くように軽くなるのを感じる。ここの改札を通って2分くらい行けば入り口だ。
X X X
俺とゆきなちゃんが改札を通ると、ある男性が笑みを浮かべてで佇んでいた。外観は俺と似たり寄ったりといったところだ。しかし、何かがおかしい。そう考えるのは俺だけではないらしく、ゆきなちゃんはぶるぶる震えながら俺にもっとギュッと抱きついた。
あの男はイかれている。右手には可燃性燃料が入っていそうなポリタンク、左手にはナイフを持っている。ナイフには血のような赤い液体がついている。全身の毛が逆立った。
男は俺らの存在に気がついたのか、話を始める。
「ほお、ヒーローのお出ましか」
俺の顔を直接見ているわけではないが、この殺気から察するに間違いなかろう。
「君がここに火を放った犯人か」
「ああ。そうだ。俺がやった。俺が殺した。」
俺の問いに対して口角を吊り上げて言い返す犯人男。
「そうか」
俺は緊張しながらなるべく冷静に反応した。
「俺が憎いか?人の命を奪った俺が許せないか?はあ!?」
犯人男は語気を強めて俺に言い放った。その瞬間、俺の頭に安心感と動揺という真逆の感情が同時に浮かんだ。
まず、俺はこの手の攻撃的な口調の相手が物凄く苦手だ。ゆえに動揺を覚える。その反面、俺は安堵している。なぜなら。
「君を恨む理由がない。人が死んだら、その分、持つ者と持たざる者との利権争いが減るからな。むしろラッキーじゃないか。平和で」
俺もあの犯人男同様口角を吊り上げて持論を展開する。すると犯人男は面食らった面持ちで俺の顔を見つめてきた。そして数秒後。
「ぷ、ぷははははあ!お前本当に面白いな!」
犯人男はお腹を抱え、さも楽し気に爆笑している。何が楽しんだあいつは。
「ふふ、じゃついでに聞くが、お前なんであの女の子を助けたんだ?どうせ死んでもかまわないでしょに」
「ああ。君の言う通りだ。でも、俺はこの子を助けた覚えはない。俺の願望を叶えるために勝手に利用しているだけ。要するに捨て駒だ」
「願望?」
犯人男は眉に皺を寄せながら聞き返した。
「ああ。願望。第三者からすれば、くだらなすぎることよ」
俺は犯人男の瞳を見つめだがら理路整然と話した。
「まあ、いいや。お前は面白いから生かしてやる。はよ通れ」
「ありがとう」
ボソッと礼を言いながら犯人男を後にした。
あともう少しで入り口だ。
正直驚いた。まさか人を殺した殺人鬼と普通に話が出来るとは。
あの犯人男はおそらく「持たざる者」という部類に属する人間だったろう。俺をいじめたような上位クラスすなわち「持つ者」にあんなイかれた行為はできやしない。彼らは小賢しくて自分らに被害が及ばない範囲で人をいじめる。
あの犯人男は一線を越えた。だから、「持たざる者」たちも心の中では彼のやったことはよくやったと応援しても、公の場で彼を支持することはできないだろう。俺は別に彼がしたことを肯定したりしない。ただ俺の考えを素直に言っただけの事。
つまり、内輪から遠く離れている俺だからこそ話が通じたというのか。面白い。面白いけど、二度と関わりたくはないな。
考えに更けていると入り口の光が見えてきた。この階段さえ上ればこの子はお姉さんに会えるだろう。
「お兄さんは本当にそう思っていますか?」
後ろからゆきなちゃんが震えながら聞いてききた。
「なにが?」
「人が死んだら平和だとか。。」
言い淀むゆきなちゃん
「ああ。その通りだ。人間は悪の塊だからな。もちろんお前も」
俺は自信満々に答えた。
「……」
俺の持論を聞いたゆきなちゃんは何も言わない。ショックでも受けたのか。おんぶしているから顔が見えない。
俺は階段を半分くらい上ったところでゆきなちゃんを下ろしてやった。
「え?」
ゆきなちゃんは戸惑い気味にキョロキョロしている。なんで入り口まで連れて行ってくれないのかとでも言いたげな顔だ。
「ここで助けを呼べ。そしたらすぐ人が来るから」
「お兄さんはどうするんですか?」
「俺は行かない」
「え?どうして!?」
俺は躊躇なく踵を返して火と煙が充満するところに向かって走り去る。
「お兄さん!絶対死んじゃダメ!私が許さないから!」
これで俺の願望を叶えたのだろうか。
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