第188話 素敵な年越し
除夜の鐘鳴り響く大晦日。冷え切った身体を暖める為、湯船に浸かる私達。
新年は近所の寺で迎えようと思っていたけれど……予想以上に冷え込んだ夜半の冬、震える彼女を見兼ねて我が家に戻って来た。
「すみません……その、私のせいで……」
「ふふっ、なんで謝るの? ほら、湯船に浸かって聞く除夜の鐘も素敵じゃない?」
換気扇を切り、耳を澄ませば響く除夜の鐘。
百八個の煩悩を消し去っていく鐘声は……私にはその回数が足りなさ過ぎて、鼻で笑ってしまった。
彼女と出会ってもうすぐ三年。
幸せを一つずつ積み上げて行く度に、さらなる幸せを求めて高く高く登ってしまう。
今年最後の数分でさえも、欲張りな私は幸せを……彼女を求めてしまう。
「あと五分で年が明けるね。今更だけど……雫は何かやり残したことない?」
「そうですね……そういえば、中学一年生の時に詩音ちゃんが“私、年が明ける瞬間地球にいなかったよ”と言っていたのですが……どのような状態だったのでしょうか? もし何か特別な年越し方法があるのなら、経験してみたいのですが……ふふっ、少し怖い気もしますね」
そのままの雫でいて欲しい。
出会った頃から言い続けていたことで……私の言葉通り、彼女の素敵な個性は変わらずにいてくれて、今も私の煩悩を増やし続けてくれている。
「ふふっ、彩もそれくらいの時同じことやってたっけ」
「ほ、本当ですか!? ではどのような方法で……」
彼女が隣にいない世界なんて想像したくもないし、あり得ない。
それでも不安になってしまうのは仕方がない。
だって、恋をしてるから。好きだから。
百七回目の鐘が鳴る。
浴室内の明かりを消すと、月の光が薄っすら私達を覗いていた。
「もっと素敵な年越しをしよ?」
「…………どうすればいいのか教えてくれますか?」
「大きく息を吸って、私に身を委ねて。三つ数えたら始めるよ──」
三つ数える前に彼女からキスをされ……二人蕩けるように、湯船の中に沈んでいく。
除夜の鐘も外の雑音も聞こえない湯の中。
二つの鼓動。恋する音だけが存在する、私達だけの世界。
宇宙でも空中でもない、私達二人しか存在しない場所で越す年。
自然と触れ合った私達の接点から漏れる小さな気泡たちは……ゆっくりと混ざり合いながら、何度も何度もこの世界の空で弾けていた。
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