第189話 飼い慣らされたペット


 三が日、呼び鈴が鳴り玄関へ向った彼女。

 戻ってくると、彼女の肩にもたれ掛かりながらマネージャーの栞が片手を上げ挨拶してきた。

 

「ヒナぁ、飲んでるか?」  


「飲んでるよ。雫が淹れてくれたオーガニックコーヒーをね」


 相変わらず酒の匂いを飛ばしながらやって来た栞。椅子に座ると一息ついてポケットからカップ酒を取り出していた。

 面倒になるのも嫌なので素早く取り上げる。

 

「……なにこれ、いい匂いするじゃん」


「焼き立てのスコーンです。よろしければ栞さんも召しあがってください」


「へぇ、スコーンか……こうやってヒナは餌付けされてるんだ」


「餌付けって…………今日は何の用? まだ三が日なんですけど」


 何故か栞の言葉に上手く反論出来なかった。

 スコーンを齧りながら栞は彼女へと厚めの封筒を渡した。


「これは……なんでしょうか?」


「お給料。いつも弊社にご協力いただき感謝感謝」


 目を丸くさせながら戸惑う彼女。

 栞に催促され封を開けると、そこには百枚近い札束。丸くなった彼女の目は点に変わっていた。


「い、いただけません!!」


「これ貰ってくれないと私が怒られちゃうんだけどねぇ」


 私から素早くカップ酒を奪った栞は勢い良く半分飲み……勝手に雑煮を見つけカップ酒の中へその汁を足し、嬉しそうな顔でそれを啜っていた。

  

「どうしてそんなに拒むのか理由を教えてくれる?」


「…………晴さんと約束しました。晴さんが私を一生養ってくれると。晴さんが稼いでくれたお金で食材を買い、晴さんが稼いでくれたお金でお洋服を買う。このお家も、保険も税金も……私が生きていく上で必要なものは全て晴さんが養ってくれるんです。ですから……これは大切な私達のお約束ですので、お金はいただけません」


「ふふっ、凄い束縛。ヒナ、これじゃまるでペットじゃない。仕方ない、事務所には私が頭下げておくよ」


 笑いながら席を立ち帰ろうとする栞。 

 少し寂しそうなその背中……呼び止めた彼女は封筒を手に取り、二枚だけお札を抜いた。

  

「こ、これだけいただきます。一つは緊急用で一つは彩ちゃんのお年玉です。それから、残りは全額栞さんが信頼できる機関に寄付してください」


「ん、了解。あなたならそう言うと思ってた。これは大切に使わせて貰うわね。じゃ、雨谷さん今年もヒナのことよろしくね?」


 彼女の頭をぽんぽんと叩き、私には目もくれず出ていった栞。

 彼女を掌握すれば私をコントロール出来ることを良く理解している。

  

 栞が荒らすだけ荒らして去った後の空気感は、正月三が日をも持っていってしまった様で……

 二人暫く見つめ合ったあと笑い合い、出かけることにした。


 ◇  ◇  ◇  ◇ 


 郊外にあるショッピングモールは三が日でも大いに賑わっていた。

 車から降りると少し緊張気味の彼女。


「に、似合ってますか? 変ではないでしょうか……?」 


「ふふっ、とっても素敵だよ?」


 新年、せっかくなのでワンタッチエクステでお互いの色をイメージしたメッシュカラーを入れてみた。私のイメージカラーはオレンジで、彼女は水色。

 互いの色を交換して付けたけど……まるで私のモノだと言わんばかりで、栞が言っていたことを思い出し鼻で笑ってしまった。

 ふふっ。逃さないように無意識にこうして縛り付けてるんだ、私。

 逃げないって分かってるのに……分かってるから、もっと欲しくなってしまう。


「晴さん……?」 


「ごめんね、雫のこと考えすぎてた。じゃ、行こっか♪」


 鏡やガラスに映るたび、少し照れながらも嬉しそうな顔をして絡まる指を強くする彼女。

 そんな彼女を見るたびに……私は深く溺れていく。  


 いつも通りの会計。栞が変なことを言うから変に意識してしまい……彼女も同じだったのか、二人して笑ってしまった。


 ポンちゃんと蛙たちに何かあればと立ち寄ったペットショップ。

 首輪のブースで立ち止まる彼女。多種多様、ポンちゃん用を探してるのかな?


「ふふっ、見てみてこれ。人間の首にも入りそうだよ」 


 そう言って手を伸ばすと……重なるように彼女も同じ物に手を伸ばしていた。

 彼女の動きが止まる。


「雫?」

 

「…………栞さんはあのように仰っていましたが……その……私はあなたのペットになりたいんです。あなたのモノだと首輪を付けられて、あなたの所有物だと分かるように名前を書かれ、あなたに聞こえるように鈴をぶら下げ……どこにも行かぬよう、鎖で繋がれる。愛嬌良く、あなたに好かれるように精一杯頑張ります。ですから……その……か、可愛がってくださいにゃ」


 オレンジ色の首輪を手に取った彼女は、頬を赤く染めながらレジへ向かった。

 初給を使おうとした彼女の手を止め、いつも通り私が支払う。


「ふふっ、飼い主が買わなきゃ可笑しいでしょ?」


 目を見開いた彼女は、もじもじとしながら小さく頷いていた。


「袋はお付けしますか?」


 店員の問いと、彼女の答えに……私の中で繋がれているなにかを感じた。


「い、いえ……いりません。その……す、すぐに使いますので……」


 車へ戻ると、鞄からマジックを取り出し首輪へと名前を書く彼女。


 “日向しずく 080-〇〇〇〇”


 私の携帯電話の番号が書かれた首輪を私に手渡すと、彼女はより一層顔を真っ赤にさせながら目を瞑った。

 稠密の愛が……深く温かな場所から手招きしている。

 彼女に首輪を付けている筈なのに……私の心は彼女の虜となり、ちぎれることのない鎖は幾重にも縛り付けられ彼女が握っている。 


 彼女からの愛を摂取しなければ息絶えてしまう。彼女無しでは生きていけない私は、彼女に飼い慣らされたペット。


 首輪を付けた私は、今日も彼女へキスをさせてもらっている。

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