第177話 甘々ショート⑩


 日を跨ぎ盛った次の朝、果て過ぎた彼女は私と同じ時間に目を覚ました。 


「おはよ、雫。大丈夫?」


「……おはようございます。幸せで溺れてしまいそうなので……ふふっ、大丈夫ではありませんね」


 そう言って彼女は私に抱きつきながら鼻先を擦付けている。

 少し乱れた髪、首筋についた痕。無垢な彼女との対比が愛しくて、強く抱き返す。


 私の鼓動の変化を感じ取ったのか、胸に顔を埋める彼女の耳は赤く染まっていた。


 見えぬ私の視線に気が付いたのか、照れ隠しに慌てて彼女は口を開いた。

  

「き、今日はどのような予定にしましょうか?」


「んー……今日はね、何もしない日」


 こうして抱き合いながら、時間や物事に縛られず……気随気儘に過ごそう、そう思っていたけれど…………


「どうしたの?」


「何もしないというのは……ふふっ、難しいことだと感じていました」


 私の胸に耳を当て手を添える彼女は、堪らなく愛らしい表情で目を瞑っている。


「こうして……あなたを感じてしまうので」


 どれだけ幸せに囲まれていても忘れてはいけない大切なことを……何度彼女に教わっただろうか。

 隣にいるあなたではなく、隣にいてくれるあなた。

 決して当たり前なことではなく、感謝と慈愛を込めてその幸せを抱きしめているからこそ……目の前の幸せはこんなにも清く美しく輝いているのだろう。


「何もしないのは……終わり」


「ふふっ、では何をされますか?」


「好きな人を抱きしめて……この幸せを独り占めするの」


「わ、私にも分けてくださいね?」


「ふふっ、どうしようかにゃ」


 いつだって隣にいてくれるから、冗談も一途な想いも笑い合え分け合える。

 大好きな好きを目一杯抱きしめると……腹が鳴る、午前九時。


「お腹空いちゃった。今日は私がメイン作るね。目玉焼き目玉焼き♪」


「ふふっ、では私はサラダを担当しますね」


 お揃いのエプロンを身に着け台所へ立ち卵を割ると、仲良く寄り添う二黄卵が顔を見せた。


 一つの皿に盛り付けた双子の目玉焼き。

 私達も同じように寄り添い箸を手に取ると……重なる二つの箸先の行方に笑ってしまい、互いに頬擦りをして、この幸せを半分こした。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る