第145話 託された確かな重み


 今日は卒業式で使う着物を取りに彼女の実家に向かっている。道中、車内ではそんな雨谷家の話で盛り上がっており……


「へぇ、じゃああの刀本物なんだ? 時代劇みたいに白いのでポンポンってやってるの?」


「ふふっ、頻繁ではありませんが……定期的にポンポンしてますよ?」


 それが古い油を取る為の行為で、あの白いポンポンの中には砥石の粉が入っているだとか、刀にまつわる様々な作法を彼女は身振り手振り交えながら、私に分かりやすいよう教えてくれた。


 で、ご実家に到着したのはいいものの…………


「答えなさい。返答次第では……このまま突き刺す」


 こうして喉元に刀を突き付けられている状況。

 どうしてこんなことになったのか……

 数十分前に遡る──


 ◇  ◇  ◇  ◇


「ただいま……ふぇっ!? お父さんどうしたの?」


 玄関ドアを開けると、お義父さんは仁王立ちをして私を睨みつけていた。

 初めて会った時とはまた違った威圧感で……何か気にさわることを…………うん、まぁ沢山してきたかな?

 多すぎて分からないけれど、何に対して怒っているのだろうか……


「雫は居間にいなさい。キサマはこっちだ。早くしろ」


 ……結構怖いよ?

 渡り廊下を使い、離へ向かう。

 客人が来た時にもてなす部屋……とは聞いていたけれど……畳の深い匂いが、緊張感を増幅させる。


「キサマに聞きたいことが何個かある。今月で女優業を完全に辞めるそうだが、この先何をするつもりだ?」


「タレント業ですね。モデルもやるし、テレビにラジオにCM出演……ですかね」


「貯金は幾らある? 来月からの給料は幾らだ?」


 あの家をキャッシュで買ったのでそこまで多くは残っていないけれど……貯金額や細かい収入を覚えている限り伝える。

 まぁ正直……


「来月からは未知数ですね。今のところ何件も予定を貰ってますけど……」


「何故辞めた? 納得できる理由を教えなさい。あの会見が全てではないのだろう」


 どんな気持ちで私の引退会見を見ていたのだろうか……その姿を想像したらなんだか可笑しくて少し笑ってしまった。

 その時……部屋の奥に飾られていた刀を鞘から抜き、私の喉元に突き付けた。


「答えなさい。返答次第では……このまま突き刺す」


 ただ一点に込められた殺気。

 こんなカタブツが納得してくれるとは到底思えないけど、有りの儘の答えを出す。


 私だって……譲れない。


「他の人に触れたくありません。彼女以外を見つめたくない。演技もしたくない。日向晴は……彼女だけのものですから。彼女もそれを望んでます」


「片生いな答だ……これまでにあの子以外と一儀に及んだことはあるのか?」


「あるわけないでしょ? キスしたのもまぐわったのも雫が初めてですけど」


 私の言葉に、刃先の殺気が増した。

 こうなると分かってて、挑発気味に言葉を選んでるけど。

 ほんと、カタブツなんだから。


「誓え。あの子が何一つ不自由なく、困ることなく暮らしていけることを」


「……ふふっ、ムリ」


「なっ…………」


「恋するって、不自由なことが多いんですよ? だからこそ、二人で乗り越えられた時に見える景色は格別で……雫と一緒にいられて幸せだって思って隣を見ると、同じような顔して笑う雫と目が合うの。楽しいことも苦しいことも、嬉しいことも困ったことも、全てがこの恋の糧になる。実った分だけ……花が咲く。だから……これから先困らせることは沢山あるし、不自由なこともさせちゃう。でも……誓います。此の世の誰よりも、私が雫を幸せにします。一度きりの人生、最後まで雫の隣にいさせてください」


 暫く沈黙が続き……お義父さんは刀を鞘に納め、右側に置いた。

 ここに来る道中彼女から教わった作法……刀を右に置く場合は、敬う相手に対してで…………

 こちらの背筋が伸びてしまう程、凛とした姿勢でお義父さんは正座をした。


「……誰よりも優しい子だ」


「ふふっ、分かってます」


「どこに出しても恥ずかしくないように育てて来た」


「それも分かってます」


「……の、大切な子だ」


 小さな小窓から見える空を見て一瞬、間を取ると……刀を自身の後方へと置いた。

 それは最も格式の高い……礼を尽くした作法。

 私の目を見つめた後、両の手を前に置き、深々と頭を下げながら…………静かに父から託される。


「娘を……よろしくお願いいたします」


 渡り廊下に響く、嗚咽を堪える声。

 滴る涙が、畳の匂いを強く感じさせる。

 背筋を伸ばし一つお辞儀をすると、胸の奥に確かな重みを感じた。



 襖を開けて外へ出ると、眩しい程の陽射しと共に……強く強く抱きしめてきた幸せを離さないよう、抱き返す。

 両親に見せつけるように一つキスをして、頬を重ねて私達は笑い合った。

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