第142話 私の春


「へぇ、卒業式で総代……入学式もだったんだよね? ふふっ、凄い凄い」


「そう……ですね…………」


 大学卒業まであと二週間。

 庭の桜はひと足早く春を迎えている。

 私が卒業する頃にはもう葉桜で……これまたひと足早く、次の舞台へ一歩進んでしまう。

 

 あなたと出会い、あのアパートを離れ……あなたのマンションへ行き、実家に軟禁され、まるで御伽話のようにあなたは私を連れ去り、今こうして私達のお城で長閑やかに暮らしている。

 そして次は……大学卒業……


「雫? ねぇ雫── 」


 思えば私は、学生という立場に甘えていた。その立ち位置と言葉に守られていたからこそ、この環境の変化にもなんとかついてこれた。

 でも、大学生ではなくなってしまうのなら……なら私は一体何になるのだろうか。

 その先は?

 雫、あなたは何者になるの?

 そもそも総代なんてあなたには荷が重すぎる。なんで断らなかったの?

 ここまで来れたのはあなたの力じゃない。そんなことさえ────


「雫、聞きなさい。あなたの前には誰がいる?」


 私の鼻を摘まみ、私一点を見つめる晴さん。気が付けば息をすることさえも忘れていたらしく、必要以上に息を取り込む。

 息を荒らげながらも答えた。


「は、晴さん……です……」


「雫、あなたはどうして私を好きになったの?」


「それは……」


 辿る記憶、想い出が溢れ止まない。

 そして辿り着いた先、恥ずかしくて言えなかった言葉が一つ。


「わ、笑いませんか?」


「ふふっ、笑わない」


 おでこ同士がつき、唇と吐息が重なる。


「もう笑われてますよ?」


「ごめんね、幸せすぎてつい頬が緩んじゃうの。ちゃんと聞くから、話してくれる?」


「……一目惚れです。思い返すと、初めて見たあの瞬間から私はあなたが好きでした」


「…………もー……言いたいこと言えなくなっちゃうじゃん…………」


 あなたの美しい瞳から溢れ出る涙。

 咄嗟にハンカチを出したけど、ポケットにしまい指で優しく拭った。


「……雫、あなたは自分の意思でここにいるの。全部全部、雫が頑張って歩いてきた道。それでも不安で……踏みだす勇気が負けちゃうなら、私が背中を押してあげる」


 ここであなたを頼っては、この先あなた無しでは生きていけなくなってしまう。

 分かりきってることなのに……甘えてしまう。

 それでもいい。

 だって私はあなたと…………


「雫、私の為に生きて? 私の為に美味しいご飯を作って、私の為に笑って、私の為に長生きしてよ。それからね……」


 言葉尻、あなたは私の首に手を回しながら諸共ソファへ倒れこみ……机の上に飾られた桜の小枝から花弁が一枚、あなたの髪飾りにと舞い落ちる。

 

「私の為に……私と一緒に、幸せになろうね」


「…………末永く、よろしくお願いいたします」


 とうの昔に春が訪れていた私に、臆することなんて何一つ無い。

 この先も、そのまた先も、私はあなたを好きな人。


 あなたの為に、あなたと一緒に……沢山沢山、幸せになりましょうね。

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