第134話 この恋の結末も──


 私達恒例の無き旅行。

 あなたが選んでくれた可愛らしくて温かなニットワンピースを着ると……なんだか私まで可愛くなれた気がして、つい心躍る。

 

「可愛過ぎて我慢出来ないかも」


「ふふっ、そうなんですか?」


 車を運転するあなたは私に寄り掛かり、まるで猫のように私へ鼻先を擦り付け……自分のものだと言わんばかりにマーキング行動をしている。

 そんなことをしなくても……とうの昔に、差し上げてますよ?


 海沿いを走っていた筈が、気が付けば小綺麗な雑木林が姿を現した。

 不思議な森へ迷い込んでしまったようで……胸が高鳴ってゆく。


「何ここ、お洒落な建物だね。テディベア……博物館?」


「よ、寄ってみましょうか?」


 一歩踏み出して、自分から誘うことが出来た。うんうん、頑張ったね雫。


 開館したばかりなのか、客は私達しか見えず……せっかくなので、あなたの肩に少し頭をつけて寄り添う。


「可愛いクマさんでいっぱいだね……雫?」


「ふぇぇ……か、可愛いですねぇ……見て下さい、こんなに小さいのにとても精巧に作られてます……この家具も……可愛い……こちらも可愛いですし……ふぇぇ……」


「ふふっ、こういうの好きなんだ?」


「す、好きといいますかその……可愛くて……すみましぇ── 」


 はしたなく浮かれた私の両の頬を手で挟み、廉直れんちょくな瞳で私を見つめる晴さん。

 思わず瞬きを数回すると、微笑みながら人差し指で私の唇を優しく押した。

 

「謝らないの。どんな気持ちでも、それは雫なんだから。好きな人が否定されるのは、私イヤだから。ね?」


 頭を撫でられると、そのまま私を抱きしめてくれた。

 応えるように顔を擦り寄せて、あなたの名前を呟いた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 いつからだろう。可愛いものを見ると、胸の奥が温かくなったのは……

 

 御伽話おとぎばなし風馬牛ふうばぎゅう。そう思っていた筈なのに、硝子の靴に魔法の鏡……あなたの口づけで目覚めたい……なんて、少女のような事を考えてしまう。



 時刻は十一時。館内中央では、秒針に合わせるようにうるわしげな音楽が鳴り始めた。

 一つの物語を奏でる大きな観光列車。駅から発車する瞬間であろうか……ホームで見送る人形達は動き出し、列車内が明るく輝くと……御伽おとぎの国へ導かれてゆく。


「へぇ凄いね。見てみて、列車の中で食事してるよ? それにみんな動いてる……ふふっ、まるで生きてるみたいだね」


 この人形達はこれからどこへ出掛けるのだろうか……どんな素敵な物語を持っているのだろうか。

 華やかな車内。踊る者、御喋りする者、口に手を添え笑う者、ピアノを弾く者……

 この流れている音楽もこの人形が演奏していて……ヴァイオリンを持つ人形が動き出すと、ピアノ曲にヴァイオリンの音が重なってゆく。

 夢のように綺羅びやかな世界は只々美しくて…………只々、可愛い。


「みんな可愛いね……雫、どうしたの?」


「……これだけ大切にされているものですから、永やかな時を可愛く生きていくんだと思ったら……なんだか羨ましくて。御伽の世の中で、あなたと何時迄いつまでも何時迄も可愛く暮らしていけたら……なんて考えてしま……は、晴さん?」


 私の手を取り、嬋媛せんえんに微笑みながら音楽に合わせ円舞する晴さん。温かな手の平とその顔は、夢のように綺羅びやかな……御伽の世を、作り出す。


 あなたの瞳が語り出す物語……

 それは不思議な世界へと迷い込んだ私と、解語之花かいごのはなの水先案内人であるあなたが織り成す御伽話。


「可愛い可愛いお嬢様、今日は私が夢のような世界へとご案内します」


「……どのような世界ですか?」


「疲れを癒やす湯が湧く泉、巨大な生物が巣食う果て無き水の塊、宝石のように煌く美しき食物しょくもつ……」


「ふふっ、まるで御伽話みたいですね」


 円舞を終えたあなたは優しく私の手を持ち上げて、その甲へ口をつけた。


「そして……あなたが永劫可愛くいられる、壺中こちゅうの天。私が生涯……お供します」

 

 優しく手を引き、抱き寄せ口づけをされ……耳元で囁かれるあなたからの愛は、解けることのない魔法を何度も刻みつけるマーキング行動。

 私も鼻先を擦り付け……同じような顔で、微笑み合った。



 ◇  ◇  ◇  ◇



 館を出ると、来た時よりも淡く揺れる詩景しけいが目の前に広がっていた。

 ここは、あなたが連れてきてくれた御伽の世。


 茨姫いばらひめに憧れる……なんて、あなたに言ったら笑われるだろうか。

 

 この世で一番好きなものは、この世で一番可愛い。だから私は可愛いものが好きになった。


 お姫様になりたい……あなたのキスで、目覚めたい。

 そんな夢想的な事を考えてしまう。


 嫋嫋じょうじょうたる風が吹くとなびく木々とニットのワンピース。髪を耳に掛けていると、解けることのない魔法が、私の隣で微笑んでいた。


「ふふっ、森の中のお姫様みたい。世界で一番可愛いお姫様は……誰かにゃ?」


 折りたたみ式の手鏡を私へ向けるあなたが一番可愛い。でも……魔法にかけられているならば、少しくらいの我儘は許されるだろうか。


 目を瞑り、心を落ち着かせる。

 瞼の裏側から見えるあなたの頬は、赤く染まって見えた。

 あなたから私へ……柔らかい場所同士が触れ合う。


 ゆっくりと目を開けると、靡く木々や小鳥のさえずりが私達を祝福していた。


「ふふっ。さて、お姫様……キスをされて目を覚ましたその後は……なんて言うんだっけ?」


 言葉一つ、瞬き一つで行き来できる私達だけの御伽の世。


「……二人は何時迄も何時迄も、幸せに暮らしましたとさ♪」


 もしこの物語に終わりがあるとすれば、その巻末ではこう語られるのだろう。


 めでたし、めでたし。

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