第131話 I'm always here to cheer you up
モデルのお仕事があると仰っていた日向さん。出かける前の表情が少し気になった。
「……よし、行ってくるね」
その時の私は自分に何が出来るのかが分からなくて……ただいつも通り笑顔で見送ることしか出来なかった。
大学へ行き彩さんと講義を受け、終わったのは昼八ツ。胸のつかえが気になったまま、気が付けば駅まで来ていた。
緊急用に持たされているタブレット端末。GPSなるもので、お互いの居場所が分かる優れもの。
日向さんは……港区…………最寄り駅は…………よし。
切符を買い、深呼吸をして電車へ乗り込む。
人混みも、おまちの息苦しさも、止まらない人々の流れも……あなたを思えば、事も無げ。
少しだけ震える手足も、あなたに近づくにつれ和らいでいった。
◇ ◇ ◇ ◇
タブレット端末に示された場所。丁寧に名前も書いてある。
撮影……スタジオ?
うん、どうやらここで間違いなさそうだけれど……
この先を考えていなかった私は、入口まで行けず
涙目で日向さんへ念力を送っていると──
「雫ちゃん? あ、栞に頼まれて来たんでしょ。ほら、こっちこっち」
日向さん専属のヘアスタイリストの葵さんが通りかかり、私を
両手には抱えきれない程の紙袋。
これは街中でよく見かけるハンバーガー屋さんの……
「凄い量ですね……大食いの撮影をしているのでしょうか?」
「ふふっ、面白いね雫ちゃんは。ヒナちゃんの調子がイマイチでなかなか終わらなくて。これはスタッフみんなの夕飯なの。でも……もう必要無いかも── 」
その言葉に、今朝見た日向さんの顔が過ぎった。
どうして声をかけなかったんだろう。
違和感があったのに……
電話でもメールでも直ぐにするべきだった。それなのに私は……あなたを想ったフリをしてこんな所まで……本当は……本当は私が…………
「…………ね、せっかくだしとびきり可愛くなってみない? ヒナちゃんビックリさせようよ♪」
「可愛く……」
◇ ◇ ◇ ◇
「えっ!? なんで雨谷さんいるの?」
「えっ!? 栞呼んだんじゃないの?」
なんだか似た者同士の二人。
どちらも日向さんの大切な人で、私にとっても大切な人たち。
二人の陽気な掛け合いに、心が少しだけ軽くなる。
「ほら栞、これ雫ちゃんに渡して」
「何これポンポン? 何でもいいや。雨谷さん、頼んだよ」
スタジオ内、険しい顔でペットボトルの水を飲むあなたが目に映る。
見たことのない、私の知らないあなたがそこにいて……それから、あなたのお仕事に嫉妬した。
俯き目を閉じるあなたの
「えっ……雫……どうして── 」
「ふふっ。頑張れ頑張れ晴さん♪」
葵さんに施された可愛らしい
昔から可愛いなって思っていた髪型だったけど……私にはそんな勇気もないし、髪を伸ばす理由もなかったから……
でも今は、伸ばす理由も可愛くなりたい理由も存在する。
あなたがいるから。
おまちの流れも、押しつぶされそうな人波も、私……頑張りました。
私、あなたに会いたかったんです。
この気持ち、伝わりますか?
可愛く……映ってますか?
少し冷えたあなたの指先は、私の指先で温められ……一つの温もりとなる。
美しい瞳から溢れ出てしまいそうな涙は、あなたのモデルとしての尊厳で踏み止まっている。
「……ふふっ、可愛過ぎでしょ。雫の気持ち、届いてるから。見ててね、雫。あなたの日向晴は……あなたの晴は、可愛くて格好良いんだから」
何度も何度も見ている筈なのに……何度も何度も、あなたに目を奪われ見惚れてしまう。
あなたと目が合ったその瞬間、私達は同じような顔で微笑み合った。
シャッター音だけが、スタジオ内に響く。
それはその日最後のシャッター音。
誰もが納得するその一枚は……私だけに向けられた、あなたからの好きで溢れていた。
◇ ◇ ◇ ◇
帰宅後、蜂蜜入りの紅茶を飲みながらソファで体育座りをする日向さん。
甘えるように私を見つめてくださるので、隣に寄り添って優しく頭を撫でる。
「今日ね……朝から寂しかったの。行ってきますしたくなくて…………ダメだね私、雫がいなきゃ何にも出来ないや」
普段曝け出すことのない弱音。そのから笑いがどうしようもないほどに愛しくて、私からあなたを押し倒した。
息が荒くなっていく感覚。好きが溢れて止まらない。
「ふふっ、いいんじゃないですか? だって……私はここにいるんですから」
「雫大好き。その髪型もすっごく可愛い……ねぇ、私のお願い聞いてくれる?」
「はい、何なりと♪」
◇ ◇ ◇ ◇
「み、短すぎませんか!? その……下着が見えてしまってますし……」
「チアリーダーなんだからそれくらいじゃない? ふふっ、とっても可愛いよ」
「……う、嬉しいですか?」
「すっごく幸せ。ね、あの時みたいに応援してくれない?」
「で、では……頑張れ頑張れ晴さん…………は、晴しゃん?」
「ふふっ、言われたからには頑張らないと…………ね♪」
いつもとは反対に私が押したあなたの背中。
気が付けば私が押し倒され……あなたを後押しするように、総髪は揺れていた。
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