第129話 はじまり、はじまり


 一月一日、元朝。

 寝ぼけ眼でぼんやりとカーテンを見つめていると、時計の小窓から鳩が九回顔を出していた。

 寝室のドアを開けると、私の心を鷲掴みするいい匂いが漂ってきた。

 辿った先……心も瞳も、奪われる。

 

「おはようございます。ふふっ、新年の挨拶一番乗りですね」


 紺色のシンプルな生地に、小さな白い兎と梅の花が顔を見せる彼女お手製の訪問着。

 艶やかに着こなす姿は、只々美しい。


 兎という単語にどこか引っ掛かる私。そんな私を見つめる彼女は少し唇を噛み締めた後、兎耳の付いたカチューシャを付け顔を赤らめている。

 ……そっか、今年は兎年だっけ。

 こんなことまでしてもらわなければ分からないなんて、私は…………ううん、違うよね。

 彼女の勇気を無下にしちゃダメ。 

 せっかくなんだし、兎さんと触れ合わなきゃ。


「可愛い私の兎さん、あなたはどんな鳴き声なのかな?」


「……ぷぅぷぅ」


 えー……可愛い……可愛過ぎるよ……


「兎ってそんな鳴き声なの?」


「……兎には声帯がありません。ですから、こうして鼻から音を出すんですぷぅ」


「もー……どうしてそんなに物知りなの?」


 可愛らしい顔で考えた後、彼女は赤く染まった鼻を少しだけ突き出して答えてくれた。


「あなたを喜ばせる為です……ぷぅ……」


 兎走烏飛とそううひ、彼女が兎で私はからす

 こんな素敵な言葉も意味も、彼女が私に教えてくれた。


「ふふっ、幸せ過ぎて笑っちゃう。今年もよろしくね、雫」


 振り返れば、瞬きをする間に過ぎ行く今この一秒も……踏み始めの一歩目は、永遠に続くと感じさせる程の…………ふふっ。彼女みたいに語彙力が無い私には、これくらいしか思いつかないや。

 永遠に続くと感じさせる程の、ドキドキとワクワク。

 清福な一年の、はじまりはじまり。

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