第128話 八十六分の一回目


 日向さんと過ごす二回目の大歳おおとし。お蕎麦を茹でていると、後ろからひょっこりと顔を出す愛らしい……私の想い人。

 お出し香る蕎麦汁そばつゆを見つめ、小さな小鉢を両手に私にしか見えない尻尾を振っている。

 小鉢に蕎麦汁を入れ、素直に渡せばいいものの……年越しの高揚させる雰囲気が、私を狂わせてしまう……のだと思っておこう。


「つ、つゆと私……ど、どちらをご所望ですか?」


 間抜けな問にも、真剣な瞳で答えてくれる日向さん。

 小鉢を優しく置くと、コンロの火を一度止めておでこ同士を重ね合った。


「そんなに可愛いこと言われたら我慢出来なくなっちゃう。お蕎麦食べてから…………ね?」


 ……可愛すぎます。

 急激に訪れる面映ゆさ。隠れる穴もなく……一丁前に伸びた髪の毛でカーテンを作り、猛省する。


「申し訳ありません……ゆ、茹で直しますね……」


「ふふっ、大好き。今年はなんだか麺が太いんだね」


「……太く長く、共にしたいので」


 茹で上がり、遠くの寺院から除夜の鐘が鳴り始めた。

 時刻は二十二時四十分……百八分の一発目。

 自然と唇が触れ合った。


「煩悩だらけですね。あなたと一緒にいると……どんどん、我儘になってしまう。際限が無くなってしまう程、あなたを求めてしまうんです」


「それでいいよ? 私の方が……ふふっ、雫に言えないようなことばっかり考えてるんだから。これ、お皿に盛ればいい?」


「わ、私がやりますから、日向さんはゆっくりしていてください」


「ううん、待ってるだけじゃイヤ。雫みたいに上手には出来ないけど…………やらせて?」


 私もずっと、そうだった。


 私のアパートで、あなたのマンションで、二人の家で……

 あなたを待っている間、あなたの為に何かしたくて……それが、あなたと繋がれていると実感出来る、不器用な私なりの方法で……でも、今は違う。


“これから先に待ってる幸せ全て、雫と一緒じゃなきゃ嫌なの”


 あの日の言葉、随喜ずいきの涙が止まらない程嬉しかった。

 

“ずっとずっと、全部全部、雫と一緒だよ”


 ふふっ、ごめんなさい。

 抱え込んでしまうのは、私の悪い癖ですね。でもきっと、それすらもあなたは愛してくれるんですよね。


 今一歩、踏み出せ雫。


「……では、お願いします。可愛らしく盛り付けてくださいね」


「ふふっ、任せろ♪」


 二人で作った年越し蕎麦を啜りながら過ごす、二回目の大歳。気が付けば、鐘の音が鳴る度にキスをしていた。

 

「あと何回、こうして共に年を越せるのでしょうか……」


「……じゃあ、あと八十六回にしようかな」


 ……百七歳、ひと月後には百八歳。

 あなたが見据えるその未来、私はどんな顔であなたを見ていますか?


 百七回目の鐘の音が鳴り響き、唇を重ねる。

 

「それから、年が明けるその瞬間は……毎回、こうしようか」


 優しく手を握り、指を絡ませる。

 頬同士を重ねると、懐かしむようにあなたは可愛らしく微笑んだ。

 初めて私から、あなたに尋ねる。


「ふふっ。何をしているんですか?」


「んー…………求愛行動」


「まだ……足りないんですか?」


「ふふっ。ぜーんぜん、足りないよ?」


 百八回目の、鐘が鳴る。

 百八回目の、キスをする。


「明けましておめでと、雫」


「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


「約束だよ。私頑張ってあと八十五回生きるから、ちゃんと数えててね?」


「ふふっ、はい♪」


 約束を必ず守ってくれるあなただから、私も絶対に忘れません。


 八十六分の、一回目。

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