第126話 メリークリスマス


「サンタさんはフィンランドを出発したでしょうか……まだ明るいですし、もう少し後でしょうか? 今年も寒いですから、心配ですね……」


「ふふっ、きっと大丈夫だよ。机の上に置いてあるけど、もう手紙書いたの?」


「わーわー、み、見ちゃダメですよ!?」


 クリスマスイブ、サンタクロースを待つ彼女は頻りにカーテンの隙間から空を見上げては、目を瞑りなにか呟いていた。

 気になって外を見ると、どんよりとした雲に空は覆われていた。


「夜には星が見えるかなぁ……」


「ふふっ、大丈夫です。きっと、現れてくれますから」


 ◇  ◇  ◇  ◇


 聖夜、果てた彼女はベッドで寝息を立てている。

 私も幸せに包まれてこのまま目を瞑りたいけれど……去年と同じく、そうもしてはいられない。

 リビングへ戻り、机の上においてあるサンタクロース用の温かい紅茶とお菓子を見つめ、心が温まる。


 けれど……コッソリ彼女の手紙を読むと、その内容に思わず言葉を失ってしまった。


【サンタクロース様へ  昨年は美味しいお酒をくださり、ありがとうございました。私の大切な想い人である日向晴さんと素敵な時間を過ごせ、幸せな一年になりました。魔法瓶に温かい飲み物を淹れておきました。机の上のお菓子も、ご自由にお食べください。私は来月二十二才になりますが……いよいよ大学を卒業、サンタクロース様からのプレゼントは今年が最後かもしれません。最後に……夢の中で構いません、私の母に会わせてください。紹介しなければいけない人がいます。一年間、良い子で過ごせたのではないかと自負しています。何卒、よろしくお願いいたします  雨谷雫】


 お母様と……でもどうしたら……

 いくら考えても、時計の秒針は止まってくれず……

 彼女の真似をして、カーテンの隙間から空を見上げた。

 天気予報は外れ……彼女の言う通り、星が現れ始めた。

 

 何故か誰かが優しく微笑んでいる気がして……背中を押されるように、スマホを取り出した。


「…………夜分遅くに申し訳ありません」


『馬鹿者め、何時だと思っている』


「まぁまぁ。実はクリスマスのことで── 」


 ◇  ◇  ◇  ◇


「 ──という訳なんですけど……」


『…………あの子の荷物に、伽羅きゃらがあるだろう。それを探しなさい。やり方は自分で調べなさい。……今からうたを読む。妻が病に侵されてから、幾度も寝る前あの子に聞かせていた詩だ。一度しか言わない、よく聞いて──── 』



 ◇  ◇  ◇  ◇



 寝室へ向かい、静かにドアを閉める。

 薄く照らしていた間接照明を消して、一本の蝋燭に火を灯す。

 伽羅なんて聞いたこともなくて大分悩んだけど、どうやらとても高価なお香らしい。どうして彼女が持っていたのか……

 憶測だけど、これはきっと彼女の母の香りなのだろう。

 そんな想い出の香りを焚き付けると、彼女が微かに動いた。

 

「…………お母さん……」


 夢現ゆめうつつ……優しく髪の毛を撫でると、彼女は微笑みながら荘周之夢そうしゅうのゆめへ惹かれていった。


 私は彼女の母にはなれない。

 代わりなんて存在しない。

 ならば私に何が出来るのか……

 私は何になれるのか。

 

【ありがとうございます。私なりに……なんとかやってみます】


【……最後に一つ。これも二度目は無いからよく聞きなさい】


 あの時私は、大切な何かを託された気がした。何かが少し、進んだ音が聞こえた。


雨谷晴あまやはる、あの子の母の名だ。その小さな頭でよく考えなさい。分かったな?】


 蝋燭の炎が、一瞬揺らめく。

 十二年待ち続けた詩は、再び晴へと繋がった。



 もうすぐもうすぐ、夜になる。

 いつもあなたを見ている私、かがやく姿が見えるでしょう?

 月輪つきのわさえも覆う雲、現れていても大丈夫。

 あなたが望めば、あなたが願えば、私は必ず現れる。

 もうすぐもうすぐ、朝になる。

 煌く私は姿を変えて、あなたをいつでも見ています。

 太陽さえも覆う雲、現れていても大丈夫。

 あなたが望めば、あなたが願えば、私は必ず現れる。

 きっと明日は晴れるから。


 

「お母さ……ん…………」


 夢裡むり、彼女は母親と再会出来ているのだろう。再び蝋燭の炎が揺れると、彼女は誇らしげな顔で寝言を唱えた。


「私ね……頑張ってるよ…………」


 おでこにキスをし、優しく優しく抱きしめた。

 二人の晴に包まれた彼女は、なんとも幸せな表情で微笑んでいた。



 ◇  ◇  ◇  ◇



「日向さん、おはようございます!」


「おはよ、雫。プレゼントは貰えた?」


「ふふっ、はい♪」


 カーテンを開けると、眩しいほどの朝日が私に降り注いだ。

 それがどんな意味なのか、今は少しだけわかる。

 だから私は背中を押す。

 

「ねぇ、お義父さんの所に行こっか」


「い、いいんですか!? ではクリスマスケーキとそれから── 」


 カーラジオ、どの局もクリスマス一色に染まっている。

 例に漏れず、私達もお馴染みのクリスマスソングを歌いながら赤い帽子を被って山奥へ。


「曇っていますね……せっかくならいいお天気が良かったのですが……」


「ふふっ、大丈夫だよ。晴れるから」


「えっ……?」


「大丈夫。ね?」


「…………はい♪」


 


「「メリークリスマース!!」」


「な、なんだ急に……連絡しろとあれ程……」


 とか言いつつも、嬉しさを隠せないお義父さん。まったく、素直じゃないんだから。


「ほら、お義父さんも言い返さないと。せーの?」


「…………」



【おとうさん、めりーくりすます♪】


【ほら、龍彦たつひこさんも言い返すんですよ? せーの── 】 



「…………メリー……クリスマス」


 見間違えか、一瞬微笑んだ後ぶっきらぼうに呟くお義父さん。

 嬉しそうにお義父さんの手を引く雫。今日は私も混ぜてもらおう。

 見上げれば、雲間から陽が射し始めた。

 家族四人のクリスマス。明日もきっと、晴れるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る