第125話 一陽来復 私の陽が訪れた
今日は日向さんと郊外にある大きなスポーツ用品店に来ています。
キョロキョロと興奮してしまうのは田舎者の証である。
「ふぇぇ……大きな建物ですね……二階までありますねぇ……ふぇぇぇ…………」
「ふふっ。ね、広いよね。こっちおいで」
私が迷子にならないようしっかりと手を繋いでくださる日向さん。いつも私の手を取り導いて、大人の微笑みで私を包んでくれる。
背伸びしても届きそうにないその輝きに対し……私はなんて幼稚なのだろうか。
せめて格好だけても……そう思い背伸びして歩いていると、愛らしくクスクスと笑う日向さん。
「もー、いいよ雫はそのままで。全部好きだから」
顔を真っ赤にして俯く私を気遣って、纏っていたストールを私に巻き付けてくださった。
私も、あなたの全てが大好きです。
優しく手を引かれやってきた場所には……スノーウェアという文字。
人差し指を口に当て物色中の日向さん。
可愛い……
「んー、これとこれを合わせて……雫はどんなのがいい?」
「……これと……これでしょうか?」
「ふふっ、私好みだ」
「……あなた色に染められてますから」
「もー……目、閉じて」
何故ここに来たのか、何故防寒服を選んでいるのか……そんな疑問は生まれもせず、只々幸せに包まれる。
背伸びしなければ届くことの無いあなたの唇。背伸びする必要もなく触れ合えた理由に、幸せを噛み締めた。
◇ ◇ ◇ ◇
というわけで、雪山に来ました。
…………ふぇ?
「あ、あの……日向さん、ここは?」
「ふふっ、ゲレンデだよ」
「ゲレンデ……ドイツ語でしょうか? 確かに野山な場所ですが……」
「もー……そういう所も好きだよ。車の中で着替えちゃおっか」
曇る硝子の奥にある雪景が、否応無しに気持ちを高揚させる。
小さな頃から、雪遊びに憧れていた。
柔らかな六出に見を投げ出し、丸めて投げ合っている同年代の子どもたちが羨ましくて……でも、外で燥ぐなんて父が許すはずもなく、この気持ちは胸の奥に閉まっておいた。
でも今は……ふふっ、今は違う。
「さて、先ずはどこで……雫? なにやってるの?」
「雪に埋もれてます! ふわふわですねぇ……ふぇぇ……」
「ふふっ、可愛いなぁ……雪は初めて?」
「いえ、そういう訳ではありませんが……遊んだことはないので……その……小さな頃からの夢がありまして」
「どんな夢?」
「ゆ、雪だるまを作ることが……その……」
「作ろうよ。大っきくて可愛い雪だるま♪」
あなたが私の背中を押してくれるから、一緒に歩いてくれるから……だから、見たことのない景色を、私一人では知ることの無かった世界を、あなたの隣で見ることが出来る。
「ふふっ、楽しいですね」
「私も♪ 今とっても幸せだよ。手になりそうな木の枝探してくるね」
日向さんの言葉が嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。
日向さんが隣にいない寂しさで辺りを見回すと、何組もの恋人たちが肩を寄せ合いケーブルに吊られた乗り物に乗っていた。
スピーカーから流れている流行歌を口ずさみ、楽しげに雪山を滑り下ってくる。
雪だるまを作っているのは、私と五才程の幼児たちだけ。
本当は、あんなふうにしなければいけないのだろうか……
幾つもの流行歌を知って、お洒落に溢れた世界に染まり、数多の情報を共有し……今時の……恋人らしくしなければ……日向さんは…………
「お待たせー。見てみて、これなんか凄く可愛い枝……雫? どうしたの?」
「……日向さん……私…………」
困らせたくないのに、涙が頬を伝ってしまう。それを見たあなたは、持ってきた枝を投げ捨てて私を強く抱きしめた。
「本当は皆と同じようにスキーやスノーボードをしなければ……当たり前のように流行歌を口ずさまなければ……もっと……もっとお洒落をして……でなければ私はあなたを満足させられないのではないかと……私が無知なばかりに…………ごめんなさ「ダメ、謝らないで」
私の口を人差し指で塞ぎ、同じように涙を流すあなたは、揺らぐことのない真っ直ぐな瞳で私を見つめている。
「今謝ったら、雫自身を否定することになっちゃう。そんなの絶対にダメ」
あなたからの忠言が、私を優しく包み込む。私の手を強く握りしめて、頬と頬を重ね合わせた。流れる滴が、一つになった温かな接点で混ざり合う。
「皆と同じように、なんて考えなくていいの。皆ね、誰かが言ったことを正しいと思いこんで真似してるだけなの。スマホやネットで物凄い量の情報が手に入るけど……どれが正しいのか、なんて考えてない。皆がそうしてるから、正しいんだって……私も、雫と出会う前はそうだった」
日向さんは何かを思い出すように空を見上げ……愛らしく微笑みながら、雪だるまを作り始める。
嬉しそうに、幸せそうに。
「だから雫を見た時……羨ましかった。こんなにも自分を持っている人を、私は知らなかったから。何をするにも、雫の周りは雫の色で満ち溢れてる。こんなにも素敵な人は……ふふっ、いないんだよ?」
自分では分からないこと。
でもいつだってあなたが肯定してくれるから、好きでいてくれるから、意識しないようにしてきた。
恥ずかしいけど、でも嬉しいから。
「真っ直ぐ、真っ直ぐ歩いてきた雫の足跡には、誰にも敵わないんだから。凄いんだよ? 私の雫は……世界一、素敵なんだから」
好きな人の好きを持っているのなら、私はそれを大切にしたい。
だから今私が出来ることは、一つだけ。
あなたの隣で、雪だるまを作ること。
「もう少し下の体を大きくした方がバランスがとれるでしょうか……」
「ボタンもつけよっか。鞄に入ってる軍手も使っちゃおっと」
二人で作った、素敵な素敵な夢の形。
でも……
「なにか足りませんねぇ……」
「……これなんかどう?」
そう言って日向さんは鞄から柚子を取り出し、雪だるまの頭に乗せた。
純白の景色に黄色が映え、随分可愛らしい雰囲気になった。
「来るときにコンビニで売ってたから買っちゃった。さて……私がスマホで得た知識では、今日は冬至。一年で一番昼が短い日で、お風呂に柚子を浮かべたり、南瓜を食べたりする日なんだって。でも……雫だったら、なんて言う?」
「…………陰極まりて、陽還る。古代ローマや中国等、太陽の高度が最も低くなる今日この日は太陽が復活をする日として、古くから祭事が行われてきました。つまり、冬至である今日からが新しい一年一日の始まり。
「………ふふっ。ほら、素敵な答えが返ってきた。全部、全部好きだよ。ずっと照らしてあげるから。嫌な思いなんて、もうさせないから」
抱き締めるその力強さに、あなたの想いと覚悟を感じた。
変わらぬことも変わることも大切だとあなたが教えてくれるから、安心してあなたに身を委ね……こんな冗談さえ言えるようになった。
「これ以上眩しくなられたら、見えなくなっちゃいますよ?」
「ふふっ、いいよ。だったら目、瞑ってて」
そっと目を閉じると柔らかな幸せと共に、一陽来復……私の陽が、訪れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます