第124話 恋愛二年生


 仕事から帰ると、妹の彩がリビングでポンちゃんと戯れていた。


「お、晴姉おかえり。雫は買い物しながら帰ってくるって」


「ただいま。夕飯も食べてく?」


「食べる食べる。ねぇ聞いてよ、今日大学でさ── 」


 彩はこうして定期的に我が家に来ては、大学での生活を私に教えてくれる。

 四年生になってからの雫は自分の講義は殆ど無いようで、その代わり別の講義を補佐したり、空いた時間は彩の講義を隣で一緒に受けているらしい。

 私の知らない雫を教えてもらえるこの時間が、凄く好き。

 反面、知らないことがあるだけで妬いてしまう時が多くて、我ながらなんて我儘なんだろうと思ってしまう。


「でね、三年生の先輩が雫に “雨谷さん滅茶苦茶女子力高いですね” って言って……そしたら雫、なんて言ったと思う?」


「えー、なんだろう。ふふっ、教えてよ」


「それがさ……」


 ◇  ◇  ◇  ◇


【雨谷さん滅茶苦茶女子力高いですね】


【じょ、女子力……ですか? 力……気功的なお話でしょうか……小さな頃立禅をしていた時期があったので、もしかしたらその影響でしょうか?】


【えっ? あ、いやその、そう……ですかね……】


 ◇  ◇  ◇  ◇


「って感じでさ、もう可笑しくて笑いまくったよ」


「ふふっ。ホント可愛いね、雫は」


「まぁでも……人気高いねぇ、あなたの恋人は。見合った行動してる?」


「どういうこと?」


「別にぃ。あ、帰ってきたよ」


 原付きの音が家の前で止み、聞き慣れた足音が聞こえてくる。

 玄関まで迎えに行くと、からっ風で鼻を赤くした彼女が玄関ドアから顔を見せた。

 一瞬にして笑顔になる彼女を見て、心が温まる。


「日向さん、おかえりなさい。それから、ただいまです」


「うん、ただいま── 」


 冷たくなった鼻先を温めるように、私の鼻先を擦り付ける。

 唇を塞ぐと、持っていた買い物袋が床に落ちる音がした。


「おかえり、雫」


 頬を染め、おねだりするように目を瞑る彼女。でも今日は、後ろから聞こえるおじゃま虫の声。


「しずくー、おかえりー! お先にお邪魔してるよ」


「ふふっ、いらっしゃい彩さん。道中寒かったでしょう? 今温かい紅茶を淹れますね」


 小走りで台所へ向かい、お湯を沸かしながら手際良く家事をする彼女。

 そんな彼女を見ながら、彩が口を開く。


「晴姉が無頓着過ぎるんだよねぇ……恋人になってるからこそ、大切にすることってあるんじゃないの?」


「……私、手伝ってくるね」


「はいはい………………晴姉じゃなきゃダメなんだから、しっかりしてよね」


 ◇  ◇  ◇  ◇ 


「雫、なにか手伝うよ」


「ふふっ、大丈夫ですよ? 日向さんはお仕事をされてきたんですから、ゆっくりしていてください」


 ここで甘えちゃうから……彩にあんなこと言われるんだろうな。

 恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。

 そんな私を見て微笑んだ彼女は、優しく頭を撫でてくれた。


「では……ミルクを冷蔵庫から出してコップに入れていただき、ラップをせずに電子レンジの出力を五百ワットで五十秒温めていただけますか?」


「うん、了解」


 一から十まで丁寧に教えてもらい、言われた通りに温める。

 何気ない動作一つにも、きっと意味があるのだろう。


「ミルクあんまり温まってないけど、これでいいの?」


「……お飲みになる際、冷たいミルクでは紅茶が冷めてしまいますし、これ以上ミルクを温めると膜が張ってしまいます。ですから、今の温度がちょうどいいのかな、なんて思っていますが……ふふっ、正解なんて無いのかもしれませんね」


「……雫のそういう所、大好きだよ。いつもありがと」


「そ、そんな大層なことではありませんし、その…………ありがとうございます……」


 彩の言葉が突き刺さったまま離れない。

 自信なんて、この恋が始まった時から無い。彼女に抱きついた分だけ、不安でいっぱい。

 ただ、私は誰よりも彼女が好き。

 大好き。 


「ねぇ……どうして私のことを好きでいてくれるの?」


 間抜けな質問。小学生みたいなことを聞いてしまう。

 でも、私は恋愛二年生。

 私の恋で疑問が生まれ、彼女の愛が答えを教えてくれる。

 含羞はにかみながら頬を染めた彼女は、今も私に教示する。


「……だって、あなたより私のことを愛してくださる方はいませんから。ふふっ、そうでしょう?」


 突き刺さった棘をいとも簡単に抜いてしまうその微笑みに、玄奥げんおうの愛を知る。

 緩んでしまう口元を締めるのに精一杯で、只々間抜けに頷くことしか出来ない。

 そんな私に肩を寄せ合う彼女もまた、唇と幸せを優しく噛み締めていた。


「……ミルク、冷めてるんだけど?」 

 

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