第120話 日常ショート つくしの子

 

「もう冬かぁ……冬も好きになったけど、こうも寒いと春が待ち遠しくなっちゃう。ふふっ、気が早いかな」 


 霜の声が聞こえてきそうな夜が明け、お目覚めのコーヒーを飲みながら庭を見つめる日向さん。

 一足早い春待つあなたを見て、冷凍庫からあるものを取り出した。

 保存袋に入ったそれを見て、あなたは愛らしく首を傾げた。


「それって……つくし?」


「はい。春に庭で採れたものを処理して冷凍保存していました。今日は少し早い春を楽しみましょうか」


 春、何度も試した事。

 土筆の佃煮。

 昔の記憶を辿って作ってお母さんの味を求めていたけれど、今一つピンとこなくて……   

 何が足りないんだろう、そう思い調味料を手に取る度に……あなたの顔が思い浮かび、求める味とかけ離れていく。

 お母さんの味なのに……私の、雨谷家の味が私で途絶えしまう。

 私は…………


「美味しー♪ なにコレ? 滅茶苦茶美味しいんだけど」


「そ、そうですか?」


 あなたの表情が柔らかく蕩けていく。

 頬に手を添えるその仕草は、嘘偽りのない本当に美味しい時の動き。


「佃煮っていうの? なんかイメージと全然違うから驚いちゃったけど……すっごく美味しい♪ もっと食べたいな」


「い、今作りますね」


 お母さんは多分胡麻油で炒めていた。でもあなたが好きなのは……そう思い、オリーブオイル、鷹の爪、ニンニクで土筆を炒めていく。

 使う醤油は……あなたが好きな溜醤油。

 それから隠し味にオイスターソースを加えて煮詰めていく。


 檸檬汁を少しかけて、出来上がり。


「へぇ……なんだかイタリアンみたい」


「日向さんのことを考えていると……自然と此の様な作りになりまして……その……本当はもっと── 」


「ふふっ、じゃあこれは我が家の味だね」


 あなたの無邪気な微笑みはいつだって私に大切なことを教えてくれる。

 私が求めていた雨谷家の味は、お父さんとお母さん、それに私がいて……

 あの時のお母さんはきっと、私達を思い浮かべて作ってくれていた。

 

 比べること自体がおかしなこと。


 あなたがいて私がいる。この幸せな毎日が作り出したこれが……私達、我が家の味。

 

「おかわりある?」


「ふふっ。はい、どうぞ♪」


 積み重なる想い出と共に、この味は変わっていく。

 来年の春作る土筆の佃煮は、一体どんな味になっているのでしょうか?


 まだ見ぬ春の陽射しを夢見る土筆の子ら。

 春和景明、あなたと共に春を待つ。

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