第119話 ぽんぽこぽん


 家電量販店に用があり彼女と買い物中、テレビ売り場の前で立ち止まった彼女。

 暫くして鞄からメモ帳を取り出し何か書いている。

 家に帰ると、珍しくタブレットで調べ物をしていた。先程のメモ帳を見ながら入力し……ヘッドホンをつけて……何かを見ているらしい。

 その後も気になることが沢山あったけど、なるべく気にせず、気が付かないフリを続けた。


 それから二日後。


「日向さん、知っていますか?」


 可愛過ぎるドヤ顔。

 抱きしめたいなぁ……


「ふふっ、きっと知らないよ。なんのこと?」


 私がそう言うと、彼女は嬉しそうにソファの下からモコモコした何かを取り出した。

 あー、もう駄目。可愛い。好き。


「巷ではタヌキダンスなるものが流行っているそうでして……見ていてくださいね」


 そういえば……北海道のスポーツチームで流行ってるって聞いたことがある。

 確か蝦夷狸がモチーフで……


 カチューシャに付けたタヌキの耳、フワフワの手と足。それに愛くるしい尻尾を身に着けて彼女は踊り始めた。

 夜、ミシンの音と床が鳴る音が聞こえてきたけど、これだったんだ……

 意識してないんだろうけど、誘ってるようにしか見えなくて……

 純粋に踊っている彼女に申し訳なくなってしまう。

 でも仕方が無いよね。可愛くて大好きなんだから。


「ふぅ……どうでしたか日向さ……日向さん?」


 気が付けばソファへと押し倒し、鼻先が触れていた。気持ちを抑えるのに必死で、息が荒くなっていく。

 大丈夫、女優なんだし感情のコントロールくらい……


 ふと見た視線の先、彼女の首元には可愛らしい字体で “from えぞ” と書かれていた。隣にはまん丸タヌキの絵。


 この辺りからあまり記憶がない。


「……可愛いタヌキさん。タヌキなんだから、人の言葉話しちゃ駄目でしょ? ホラ、なんて言えばいいの?」


「……ぽ、ぽんぽこぽん?」


 ただハッキリと覚えていることは、彼女の素肌とフワフワの耳と手足……それから、淫佚な顔で鳴く愛々あいあいしい一匹のタヌキが、私の名前を呼び続けていた。

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