第101話 五倍の愛


 世間的に、私は愛猫家ということになっている。

 お陰様でここ最近は動物番組に出演することが増えた。

正直、私はうちにいる猫ちゃんとポンちゃん以外興味が無いけれど……

 

 今行われている収録では、猫カフェとホテルが一体になっている施設が紹介されている。

 へぇ、カフェで気に入った猫とそのままお泊り出来るんだ。

 まぁ、私には縁がなさそうな場所だけど……



 ◇  ◇  ◇  ◇


 

 仕事を終えたある日の出来事。

 長引いた撮影で、家に着いたのは二十時過ぎ。

 リビングへ向かうドアには、一枚の張り紙。



“本日のにゃんこ しずく・ニャン助”



 達筆な文字の横には、可愛らしい似顔絵が描いてある。

 それから、好きなものと性別が書かれていて──


 しずく(女の子)

 好きなもの 日向さん


 可愛過ぎる……

 そういえばこの前の動物番組、今日の十九時に放送だったっけ。

 どういった気持ちで、どんな顔でこの紙に書いたのかを想像すると、それだけで幸せが溢れ出る。

 ホント、可愛過ぎるでしょ。


「ただいま」


「い、いらっしゃいませ。入り口の案内を見られましたか? 仲良くなりたい猫ちゃんがいましたら、ご指名お願いします」


 顔が真っ赤になり、大きな瞳からは涙が越水寸前。

 恥ずかしいならやめればいいのにっていつも思うけど、それ以上に私を求めてくれているから、私はその想いにいつも甘えてしまう。


「じゃあ……しずくちゃんにしようかな」


「あ、ありがとうございます! 少々お待ち下さい」


 嬉しそうに小走りで二階へ行った彼女。

 机の上にはメニュー表が置いてあり、内容は軽食メインで、カフェをイメージしているのだろう。

 それから、猫耳をつけさせられたポンちゃんがソファの上で佇んでいる。

 

 椅子に座って待っていると、二階から姿を表したのは……


「し、しずくです。ご指名いただきありがとうございます……にゃ」


 猫の格好をした彼女が相変わらず顔を赤くして私の前でお辞儀した。

 

「ふふっ、可愛い猫ちゃんだね。ブラックコーヒーとホットサンドが食べたいんだけど……」


「今お作りしますにゃ」


 キッチンへ向かう彼女は、お尻を振って尻尾をゆらゆらと揺らしている。

 少し体を強張らせて、耳まで赤くして。


 自分の為に。私の為に。

 奥手な彼女を突き動かすその原動力は、私への愛。

 気がつけば後ろから彼女を強く抱きしめていた。


「にゃっ!?」


「気に入ったから今日はずっと一緒にいられるんでしょ? 違った?」


「で、ですがホットサンドを……」


 ソファへ連れて行き頬や喉を撫でると、気持ちよさそうに身を委ね、私の指へ頬ずりをしてきた。

 一時間ほど撫で続けると、甘熟猫の出来上がり。


 膝の上で甘える、可愛い可愛い私だけの猫ちゃん。

 愛猫家というのも、間違いではない。


「にゃっ!?」


「ダメ……?」


「わ、私はネコにゃので── 」


 誰に教わったわけでもない、愛らしい上目遣い。

 一つ一つが彼女から生み出されるから、その本物は何よりも尊くて可愛い。


「優しくしてくださいにゃ……?」


「もー……世界で一番、大切にするよ」


 猫の一日は人間の五日分。

 私の愛が薄まらないように、いつもより五倍の愛情を刻み込んだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇

 

 あれから一週間……


「では行ってきますにゃ。ひにゃたさん、お昼は冷蔵庫に入れてありますにゃ」


 未だに猫が抜けないでいる彼女。

 抜けないなら仕方ないし、今日も私は五倍の愛を注ぎ込む。

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