第96話 私だけのロックンローラー
今日は家の近くに新しく出来たパン屋へ彼女とやってきた。
「私が作りますよ?」なんて彼女は言ってくれるけど、たまにはこうして連れ出して驚く顔が見たい。
「ふぇぇ……お洒落ですねぇ……」
彼女は私の服の袖を摘んで身体を密着させている。
こうしているとおまちにも溶け込めると言っていた。
随分身勝手な話だけど、こうして私に依存してくれている姿が堪らなく愛しい。
「ふむふむ……パン・ド・ロデヴ……クイニー・アマン…………ろ、ろっげんしゅろーとぶろーと……ふぇぇ……」
彼女は頭にハテナを浮かべながら品定めをしている。
可愛すぎる……
店内には豊富な種類のパン。食べたいものが多いみたいで、困ってしまっている彼女。
こんな時はいつも私が代わりに選んであげる。
食べたかったであろうパンを取っていくと、取った分だけ顔が赤くなっていて……
興味も好物も、彼女の愛しい部分を理解出来ていることが何よりも嬉しい。
せっかくなので、隣接されたカフェスペースで買ったパンを食べることにした。
そこは美しい木々、敷石のレンガに木製のガーデンチェアが映える中庭。
そんな素敵なシークレットガーデンからは地元のラジオ局からFMラジオが流れている。
リクエスト曲は少々この場に似つかわしくない、昔流行ったであろう昭和のロック。
気を取り直してパンを食べようとしたけれど、このお洒落な場所に少し緊張している彼女。
おでこに優しくキスをして、和ませる。
「ねぇ、ダジャレ勝負しよっか。私からいくよ?」
竹炭パンをちぎって頭の上に二つニョキッと出す。
笑ってくれると嬉しいな。
「見てみて、パンダ(パンだ)」
「ふふっ、可愛らしいパンダさんですね」
落ち着いた、淑やかな笑顔。
緊張がほぐれた彼女は愛しげな瞳で私を見つめていた。
引き寄せられるように、キスをする。
「じゃあ今度は雫の番ね」
「そうですねぇ……ダジャレですか……」
暫く考え込んでいたが、ラジオから流れてくるロックンローラーのワンフレーズを聞くと、少しだけ目を見開いて次第に顔が赤く染まっていった。
それは、思いついたけれど恥ずかしくて仕方のないという、愛しすぎる表情。
そんな彼女の手を優しく握り甘い瞳で見つめると、震える唇を少し噛んで握り返してくれた。
「では……私が何者か尋ねていただけますか?」
「ふふっ、あなたは誰なの?」
「……鮭児です。だって私は── 」
アウトロ、それは計らずともロックンローラーと重なる台詞。
この愛しい姿を忘れることなんて……今生では無さそうだ。
「シャケのベイビー…………」
頭の先から爪先まで真っ赤になった、私だけのロックンローラー。
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