第91話 無くなることのない、永遠の愛
今日は日向さんとおまちで催されている展覧会に来ています。
少し背伸びをしたお洒落な服で、念願の美術館デートです。
「ふふっ、凄く嬉しそうな顔してる」
「……実は、美術館にずっと来たかったんです。おまちは素敵な美術館が沢山あるので、いつかは……と。ですが、私は日向さんと出会うまでは大学近辺から出ることなど出来る人間では無かったので……」
「じゃあ……今は違うんだ?」
「……はい。素敵な人が私の隣にはいますので」
日向さんからしてくださったキスが、私をおまちの中へ溶け込ませてくれる。
あなたがいてくれないと、私はどこにも行けないけれど……
あなたがいてくれるから、私はどこにでも行けるんです。
「もー……そんなに可愛い顔されたら他の物見れないよ」
「私も……同じ気持ちです」
そんな溢れて止まない気持ちを落ち着かせる為に、ベンチに座り寄り添う。
歯止めが効かなくなってしまうことを私達は理解していたので、お揃いの指輪を優しく擦り合せ、心の中でキスをする。
色々と想像してしまい顔を真っ赤にして俯向いていると、横目で見た日向さんの頬も、可愛らしく赤らんでいた。
左手で右の耳朶を触る日向さん。
それは、私のことを深く考えてくださっている時にする、私しか知らない癖で……
チラッと私を見たその姿に、私の中で何かが弾けた音がした。
私から求めるように目を瞑ると、日向さんは日傘を深くさして私の想いに応えてくださった。
◇ ◇ ◇ ◇
自分の欲深さに情けなくなり、項垂れています。
私は美術館の前でなんてはしたない事を……
「雫、大丈夫?」
「……すみませんでした。こんなに幸せなのに……もっと、もっと……幸せを抱きしめたくなってしまうんです。自分がこんなにも我儘だなんて……嫌になっちゃいます」
「ふふっ、もっと幸せにしてあげるよ? おいで」
優しく手をひかれ、美術館へ入っていく。
憧れていたその場所は、否応なしに高揚感をもたらす。
何よりも、あなたと一緒に初めて来れたという事実が嬉しくて……
自然と強く手を握ってしまう。
受付を済ましていると、催されている展覧会のポスターに目を丸くした。
音声案内……日向晴……
「あ、あの日向さん── 」
「ふふっ。これつけてみて?」
片方が縦長の風変わりなイヤホン。それにいつもと同じ小さなイヤホンが有線で繋がっている。
日向さんも同じ物をつけていて……
わけも分からず困惑してしまう。
だって……イヤホンから聞こえてくるのは、大好きなあなたの声だから。
【──展覧会。お相手は私、日向晴がご案内致します】
ラジオの時とはまた違う、しっとりと落ち着いた淑やかな声。
驚いて思わず日向さんを見つめると、優しく微笑んで頷いてくださった。
優しく手をひかれ、二人の日向さんに案内される。
【ご覧いただいている作品は、ラファエル前派の一員である── 】
素敵な作品たちを、素敵な声が導いてくれる。
憧れていた美術館、大好きな人。
幸せを抱きしめていると、他の観覧者が皆イヤホンをしていることに気がついた。
こんなにも幸せなのに、もっと、もっと……
もっと、あなたを独り占めしたいという我儘が、私の中で湧き出てくる。
私は単純だから、日向さんはそれすらも見抜いていらっしゃったのだろう。
微笑みながら二台のスマホを操作し、一瞬音が消えた。
それは、私達だけの世界へ切り替わる合図。
【さて、ここからはあなただけの日向晴がご案内致します】
私にだけ向けられたお辞儀、私にだけ聞こえるあなたの声。
私にだけ見せる、素敵な笑顔。
只々幸せで、美術館にいるのに目を瞑ってしまうほど。
【この絵が生まれることになったきっかけ……それは遡ること三百年前、日本では八代将軍徳川吉宗が── 】
三百年……
それだけの時間が経ったら、私達はどうなっているのだろうか。
こんなに好きなのに……好かれてるのに……
無かったことになってしまうのかな……
あなたと出会う前は、現実的な考えをしていた。
でも……あなたと出会ってからの私は、夢見がち。
それは、夢のような毎日を見させてくれるあなたがいてくれるから。
この問いにも、あなたなら夢を見させてくれるのでしょうか。
【この作品はあなたにはどのように見えたでしょうか? 後世に── 】
目が合うと、日向さんは少しだけ驚かれた顔をした。
私の考えていることが伝わってしまったのだろう。
その美しい瞳が “どうしたの?” と聞いてきたので、小さくか細い声で私は呟いた。
【…………後世に語り継がれる名画と言われる物たちは……作者の想いが形として残っているからこそ、こうして今も生き続けていますが……この肉体が……私がこの世からいなくなってしまったら、私達の想いは…………】
【無くならないよ?】
【日向さん……】
【私が忘れないもの。例え私達が死んじゃっても……忘れない。こんなに素敵な想いは……ふふっ、忘れられないでしょ?】
あなたはいつだって、私が欲しくて……私に必要な言葉を与えてくれる。
……忘れません。
私も、ずっとずっと、忘れませんから。
寄り添うように描かれた二つのアングレカム。
奇しくも同じ構図で、私達は肩を寄せ合ってその美しい絵画を眺めている。
指輪同士が触れ合うと、両耳のイヤホンから聞こえ出すあなたからの愛の囁き。
私が忘れなければ、この想いは無くなることはない。
私からも囁くと、互いの指が絡み合う。
アングレカムの花言葉。
それは……無くなることのない、永遠の愛。
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