第90話 私の可愛い小猫ちゃん


 風呂上がり、交代でお互いの髪の毛を乾かす私達。

 日々の疲れが溜まっている彼女は、温風を浴びながらうつらうつらしている。

 優しく頭を撫でると、その手にもたれ掛かるようにして眠ってしまった。


「ふふっ、可愛いなぁ……いつもありがと、雫」


 おでこにキスをすると、薄っすらと目を開ける彼女。

 寝ぼけているのか、キョロキョロと辺りを見回している。


「日向しゃん……これは……夢ですか?」


 出会って間もない頃を思い出す。


 初めて彼女のアパートに遊びに行った日……それは、初めてキスをした日。


 急に入った仕事が終わり、始発に乗って彼女のアパートへ向かった。

 スペアキーを使い静かに部屋の中へ入ると、愛くるしい寝顔と、それから……寝言で私の名前を呼んでいる彼女が堪らなく愛しかった。


 暫く眺めていると、寝ぼけながら目を開ける彼女。

 夢と現実を勘違いしていて……

 まさに今と同じ光景だった。


 あれから一年半近く経つけど……あの頃以上に、寝ぼけた彼女は自分に素直になっていた。


「夢の中ならいいよね……日向さん好き、大好き。私だけの日向さんだよぉ……」


 私に抱きつきそのままソファへと押し倒す。

 胸に顔を埋めて、私の名前を呟きながら顔を擦り寄せている。

 ダメだ、可愛すぎる……


「現実の雫はいつもそんなことを思ってるの?」


「はい。本当は四六時中こうして日向さんに抱きついていたいんです。それから……」


 上目遣いでわざとらしく頭を小さく振ってくる。

 応えるように頭を撫でると、気持ちよさそうな顔で猫のように鳴いていた。


「ふふっ、日向さんだーいすき」


 このまま夢の世界にいてくれたら、どれだけ甘くて蕩けた生活になるだろうか。

 ……幸せすぎて私がもたないだろうな。


「こんな毎日だったら幸せ?」


「にゃん♪」


 全身を使って私に甘えてくるその姿に、もう耐えられそうにない。

 しっかり者の彼女も、甘えん坊の彼女も、どっちも好き。

 どんな彼女でも、全部好き。


「じゃあ、私がおまじないをしてあげる。目を瞑って十秒数えて。そしたら雫は目を覚ますんだけど……きっと、良いことが待ってると思うよ?」


 なんの疑いもなく目を閉じる彼女。

 頭のいい彼女なら前と同じ言葉だと分かるはずなのに、それすらも思わないのは私を心から信用してくれているから。

 

 ありがとね、雫。


「九……十── 」


 唇に優しく唇を重ねると、彼女はゆっくりと目を見開いて……

 それから、見る見るうちに顔が赤く染まっていった。


「雫、大好きだよ」


「そ、え、あ……こ、これは夢では……」


「ふふっ、どっちでしょう?」


 先ほどとは違った意味で胸に顔を埋める彼女。

 優しく頭を撫でると、愛らしい小さな声で呟いた。


「これは……夢です……にゃ……」


 この夢は、覚めることがないと私達は知っている。

 夢の中なんだから、いつでも甘えていいんだよ?

 私の可愛い小猫ちゃん。

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