第88話 せめて溶けるまで


「雫ぅ……日曜日になっちゃったよぉ」


「そうですね……よしよし」


 明日から少し忙しいスケジュールだと日向さんは仰っていた。

 お休みの間ずっと一緒にいた分、寂しさが溢れてしまう。

 そんな気持ちを溢さず拾い抱きしめたいのに、日曜日という隙間からポロポロと溢れてしまう。

 私に出来ることは何だろう……

 日向さんが喜んでくれること……


「あ、あの……デートしませんか?」


「……ふふっ、する♪」



 ◇  ◇  ◇  ◇



 というわけで、牧場までやってきました。

 美しい新緑に、澄んだ空気。

 ソフトクリームではなく、ジェラートという名前の食べ物をいただきます。


「運転お疲れ様です。言い出しっぺなのにすみません……」   


「ううん、雫とのドライブも好きだから。自然っていいよね、気持ちが切り替わるっていうか……」


 甘くて深いキス。

 日向さんの瞳が私を求めていたので、応えるようにさらけ出す。 


「……開放的になっちゃうよね」


 私の中は日向さんでいっぱいになり、忽ち溢れてしまう。

 ジェラートを落とさないようにコーンの部分を握りしめるだけで精一杯。


「ふふっ、じゃあ溶けちゃう前に食べよっか」

 

 私はジャージー牛のジェラート、日向さんはブラウン牛のジェラートです。

 普段食べるソフトクリームとは違い、味も香りも秀抜。

 少し食べたあとは、お互いのジェラートを交換し合います。


「ふぇぇ……牛が違うだけでこんなに味が違うんですね」


「ふふっ、鼻の下に付いちゃってるよ?」


「ほ、本当ですか? お恥ずかしい…………取れましたか?」


「ううん。動かないで── 」


 口で優しく拭ってくださる日向さん。

 その恍惚とした表情に、私の心は蕩けてゆく。


「……牛さんに見られちゃいますよ?」


「いいよ、見せておけば」


 そう言って、見せつけるように口づけを交わす。


 許容範囲を超えて溢れ出すあなたへの想い。

 私達の手からするりと落ちるジェラート。

 はしたないことだと分かってはいるけれど、せめてこのジェラートが溶けるまで……


 地面で重なり合ったジェラートは、私の願いを聞き入れるかのように、ゆっくりと溶けていった。

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