第87話 桜色の代弁者
今日は日向さんのラジオ番組の公開収録なるものを見学しに来ています。
おまちのお洒落なビルの中にある、中庭のような場所。
これまたお洒落な喫茶店と隣接されたその空間に、抽選で選ばれた百人程の視聴人。
勿論私も応募して無事当選しました(贔屓があったかどうかは不明)
主役である日向さんが登場すると、皆がざわめき始める。
可愛い、美人、スタイルが良い等など……
日向さんはこの世界で一番可愛くて素敵な方なのは勿論の事、今日はその表情が気になってしまう。
どこかワクワクしている、少しだけ幼くて可愛い、愛しの表情。
特設されたスタジオに立ち、こちらにお辞儀をする日向さん。
いよいよ晴ラジの始まりです。
お馴染みの音楽と共に、日向さんの優しくて甘い声が響く。
可愛いなぁ……こんな体験が出来るなんて、運良く当選──
【嬉しいことに、今日の公開収録に応募してくれた方が五万人もいらっしゃって── 】
……うん、これは身内贔屓されたよね。
【さて、公開収録ということで、先週から私日向晴への質問を募集しました。沢山のメッセージありがとうございます。えーっと、まずは屁屁屁のプー太郎さんから。 “日向晴さんはキスNG女優として有名ですが、それは何故ですか?” これは……色々な所で言われますね。おかげで無くなった仕事が何件もあって、その度に沢山の人に怒られました。でも……一度きりの人生、キスをする相手はたった一人でいたいものですよね。ふふっ、変かな? もしそんな相手と出会えたなら……きっと、世界の色が変わってしまうほど素敵な出来事なんだろうなって思います】
何かを思い浮かべるように、幸せそうな顔をする日向さん。
ほんの一瞬私と目が合うと、優しく微笑んで耳にかかる髪をかき上げた。
私とお揃いの桜色をした指輪が、私に優しく語りかけてくる。
とある理由で、コッソリあなたと反対の手に指輪をつけた時を思い出す──
『き、今日はこちら側で歩いてもいいですか……?』
『…………ふふっ、逆の方が自然じゃない? ……ほら、ピッタリ♪』
あなたと手を繋ぐ時、指輪同士も繋がっていたかったから左手につけた。
そんな私の考えをすぐに察して、私は右の小指、あなたは左の小指にそれぞれ指輪を付け替えてくださった。
それは、私達が収まるいつもの立ち位置。
あなたの左側にはいつだって私がいて、私の右側にはいつだってあなたがいる。
──そんなことを思い出し、胸が温かくなる。
同じように右手で髪をかき上げると、噛むことはないと仰っていたラジオでの読み上げを噛んでしまった日向さん。
私の指輪は、あなたにどう語りかけたでしょうか?
【では次の質問です。次は……ふふっ。ラジオネーム、アナタのワタシさんからです】
私の出した葉書だ……
どうしよう、恥ずかしくて耳の先まで熱いよ……
これを知っていたから、ワクワクした顔だったんですね……?
【 “拝啓 若葉の緑がすがすがしく感じられる今日この頃、お元気にお過ごしでしょうか。あなた様への質問というお題ですが、他の方々が多様な質問をされているかと思いますので、私は何気無い質問をしたいと思います。今日の晩御飯は何が食べたいですか? 眇眇たる質問かと思いますが、答えていただければ幸いです。お体にとっては過ごしやすい季節とは存じますが、どうかご無理なさいませんように。” ふふっ、そう来たかぁ……うーん、アレかな。豚肉で作ったすき焼きが食べたいですね。私はアレが大好きですよ? さてさて、次の質問は── 】
◇ ◇ ◇ ◇
公開収録が終わり駅まで歩いていると、とある場所で足が止まった。
この気持ちは、初めて日向さんのマンションへ入ったときに似ている。
「ふぇぇ……」
入り口からして田舎者を寄せ付けないおまちのお洒落なスーパーマーケット。
痒いところに手が届く品揃え、質の高さ、それから金額も……
お客も店員も、おまちの香りしかしない。
日向さんが隣にいない私なんか、この場所には似つかない。
でも……今日は特別な日にしたいから。
部屋のお花を新しくして、少しだけ良い材料で作るお料理……それから、とびきりの笑顔で出迎えたい。
勇気を出して、籠を手に取る。
豚肉のすき焼きと……他にもお出しできるように色々と買っていこう。
お品書きを用意して居酒屋風にしたら、日向さんは喜んでくださるだろうか。
想像しただけで、胸の奥が温かくなる。
複数の品に対応できるように、食材を選んでいく。
ふと立ち寄った酒類の棚。
何十種類も並ぶ日本酒の中で、とあるものが目についた。
あなたと私の名前が入っているそれを見て、思わず手に取ってしまう。
このお酒に似合う料理を店員に聞き、少し食材を買い足してレジ待ちをしていると、後ろから柔らかな衝撃と共に恋する匂いに包まれた。
それから、耳元で呟かれる私にしか聞かせない声色。
周りの音が薄れていくのは、私の中があなたで溢れているから。
「いっぱい買ったね。今日は何を作ってくれるのかにゃ?」
「……あなたの為に作る特別な料理です。今日はいつもより沢山、大切なものが入ってますから」
「ふふっ、なんなの?」
「…………愛です」
恥ずかしくて俯向いている私を、力強く抱きしめてくださった。
後ろからまわる手を引き寄せて、私もそれに応える。
私達の会計の番になると、嬉しそうな顔で籠にとある商品を入れた日向さん。
バーコードを読み取る時に画面に表示された、×2。
私達は目を丸くさせた後、同じように微笑んで、同じ気持ちで指を絡ませた。
車に乗り込むまでの間、桜色の代弁者が私達の代わりに愛を語ってくれた。
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