第86話 大切な我が家
我が家の庭は結構広い。
二十三区外、百五十坪の土地に吹き抜けと屋根裏部屋が素敵な、小ぢんまりとした二階家。
外周部は人目から遠ざけるかのように木々が植えてあり、外から見ればちょっとした林のようになっている。
そんな素敵な我が家の庭は、彼女が手を施し更に素敵になった。
季節を感じさせる花壇。
何種類もの野菜が育つ畑。
日々手入れされている木々に芝。
今日は木製のブランコに揺られながら、ポンちゃんと新緑を満喫している最中。
目の前には一匹の鳩。
「見てみて、ポンちゃん。ポッポさんだよ?」
じゃれ合うように鳩に近づくポンちゃん。
振られてしまい、寂しそうにトボトボと私の元へ戻ってきた。
「ふふっ。じゃあ、私と遊ぼっか」
ボールで遊んだり、縄跳びでじゃれ合ったり。
遊び疲れたのか、私の膝の上で甘えるポンちゃん。
無邪気な姿に、私の心も開いていく。
「私ね、動物って好きじゃなかったの。だから初めてポンちゃんを見たときは……嫌だなって思っちゃった。ごめんね」
頭を撫でると、気持ちよさそうに目を瞑る。
昔の私だったら、動物に話しかけるなんて想像も出来なかった。
「いつからかな……仕事が終わってこの家に帰るときに、雫だけじゃなくてポンちゃんのことも考えるようになってた。いつも雫よりも先に玄関で待ってくれてるんでしょ? ふふっ、ありがとポンちゃん」
嬉しそうな顔で手を擦り合せ私を見つめるポンちゃん。
気持ちはきっと、伝わったよね。
「お待たせしました。アップルパイが出来ましたよ」
いい匂いと共に、大好きな声が近づいてきた。
私もポンちゃんも、尻尾を振って待っている。
「これは私達の分で……これがポン助専用のアップルパイだよ」
ガーデンテーブルに置かれていく、アップルパイと紅茶。
お皿とフォークを配膳してくれる横顔に軽くキスをすると、嬉しそうな顔で彼女は微笑んだ。
「ふふっ。二人で仲良く何をしていたんですか?」
「んー……幸せを噛み締めてたっていうか……」
愛らしく私を見つめる彼女。
柔らかな風が吹くと、新緑の香りが私達を包み込む。
どちらからともなくキスをすると、周囲の音が次第に薄くなっていく。
木漏れ日の下のティータイムは、水で優しく溶かした絵の具のように、淡く美しい世界。
唇が離れると、名残惜しそうな瞳と共に私の袖を指先で掴む彼女。
「……その最中かな」
再び唇を重ねると、周囲の音は完全に消えた。
いつまでもこうしていたい……淡く色付いた、世俗を離れた理想郷。
「……私だけを見てください」
「ふふっ、ポンちゃんに妬いてるの?」
わざと煽るような言葉を選ぶと、彼女は精一杯の勇気で私の身体に顔を擦り付けてきた。
「おいで、しーちゃん」
「にゃん……」
ここは沢山の幸せが詰まっている、大切な我が家。
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