第65話 我が世の春はあなたと共に


「じゃあ彩、頼んだよ」

「お願いしますね」


「任せとけぃ。たぬざえもん、遊ぶよー!!」


 今日から二泊三日で日向さんと温泉旅行です。

 ポン助とバジェット一号、二号の世話を彩さんに頼む事にしました。

 動物好きの彩さんは、とても嬉しそうにポン助と遊んでます。


「彩さん、バジェット一号二号もお願いしますね。卵をタピオカにしますので」 


「マカセテヨ…………」


 キャリーケースを車の荷台に載せ、日向さんはお気に入りの曲をかける準備をしている。

 今時はCDが無くても車から好きな曲が聴けるみたいで、只々感心してしまう。

 

「雫は聴きたい曲ある?」


 今日の日向さんは、いつもより高めの位置で後髪を縛っている。

 度の入っていない眼鏡とオーバーオール(以前言い方が分からず金太郎ズボンと言ったら笑われたので覚えた)、なんだろう、兎に角可愛い。


「ん? どしたのかにゃ?」


 伝えたいことが多すぎて、言葉に詰まってしまう。

 最適解なんて無いのかもしれないけど、今伝えたい事は──


「ふふっ、どういたしまして」


「ふぇ!? ど、どうして分かったんですか!!?」


 嬉しそうな顔で車のエンジンを掛ける日向さん。

 出発に相応しい爽やかな曲が流れ始める。


 鼻唄交じりの横顔が素敵で、思わず何度も見つめてしまう。

 旅行という非日常感が、私の思考を狂わせる。


「どしたの?」


「……今の私の気持ち、分かりますか…………?」

 

 こんなふうに甘えるなんて、少しズルいのかな……

 でもそれも含めて、日向さんは私を優しく包んでくださる。


「ふふっ、分かるよ」


 道路脇に車を停めて、深くて甘いキスを繰り返す。

 

「可愛い。今日はずっと手、繋いでいようね」


「……はい。今は……こうしていましょうか」


 両の手はハンドルで、その上からそっと手を添える。

 肩を寄せあい、赤信号を待ち焦がれた。



 ◇  ◇  ◇  ◇



 二時間程車を走らせ、旅館に到着しました。

 この辺りは桜の名所で、今まさに桜まつりが行われているそうです。

 日向さんは運転でお疲れのはずなのに、暗くなる前にと笑顔で私の手を引き桜を見に出掛けました。



 川沿いは咲き誇る桜たちに彩られ、並木道を歩く人達、列なる出店の数々に賑わうこの場所はまさに桜花爛漫。

 圧倒される景色、優しく手を握られながら少しずつ歩き始める。


 とある出店で、ピンキーリングなるものを日向さんは買って下さった。

 小指にはめる指輪だそうで、桜の花を模した、可愛らしい指輪。


「ふふっ、お揃いだね」


 周囲の音が、聞こえなくなる。

 感じるのは、私の胸の鼓動……それから、あなたの笑顔。

 

 満たされる心。

 素敵な場所、素敵な時間、素敵な人。

 

 時折抱き寄せて、優しく愛でて下さるその桜色の瞳が堪らない程に尊い。


 溢れ出す想いは、スルリと口から流れてゆく。


「好きです、大好きです。私の気持ち……どうしたら伝わりますか?」


「…………ふふっ。じゃあ……どうぞ」


 微笑みながら頬を近づける日向さん。

 頬同士をつけた後、吸い寄せられるように口をつけた。


 一瞬目を見開いた日向さんは、その後目を閉じて……愛らしい顔で微笑んだ。

 

「もう……誰に教わったの?」


「……あなたです。全部、あなたが教えてくれました」


「……ごめん、我慢出来ないよ。旅館戻ろうか」


 小さく頷いて、手を繋ぐ。

 小指につけた指輪が、どこまでも甘い夢を見させてくれる。


 帰り際、法被を着た女性に声をかけられた。


「アンケートにご協力下さい!」


 日向さんを見ると優しく頷いて下さったので、快く協力する。


「今日はご友人と来られたんですか?」


 これから先、ずっと先……

 それは毎日一歩ずつの積み重ね。

 小さな日もあれば、大きな日もある。


 今日は、目一杯の一歩。


「こ、恋人です!!」

 

「ふふっ、素敵なお返事ありがとうございます。記念写真、如何ですか?」


 今日が一番幸せな日だと思う。

 あなたと出会ってからは、そんな毎日。


 だから明日はもっと幸せな日が待っている。


「ほら雫、笑って」


「はい…………ふぇっ!!?」

 

 写真を撮る瞬間、マスクを外し頬にキスをする日向さん。

 きっと、私と同じ目一杯の一歩。


 いたずらっぽく笑う日向さんが堪らなく愛しくて、桜の木に隠れてキスをした。

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