第63話 なりきりショート・大学生編


 今日は妹の彩が気分転換がてら我が家に勉強をしに来る。

 彼女は大学へ用があるので、一時間ほど前に出かけていった。


 天気予報を見るとにわか雨が降るらしく、雨具を持っていない彼女が心配になり、車で迎えに行くことにした。

 原付バイクは後日回収するとしよう。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 構内に彼女の原付バイクが置いてあるので、まだ中にいるらしい。


 広い構内を散策しながら、彼女を探す。

 春休みのせいか生徒の数は少ない。

 せっかくなのでここの学生を演じてみる。

 設定は大学三年生、春休みに偶然── 

 なんて事を考えていると、学生達が何かを話しながら歩いている。


「あの人大丈夫かな?」

「入学式のとき総代やってた子でしょ? いつも教授とかの頼まれごとしてるよね」

「就活しないんだって。大学の偉い人達が説得してたけど “大切な人との約束なので” って言ってたっけ」


 思わず足が止まる。

 耳が熱くなっていく感覚がする。


「結婚するのかな?」

「可愛いし頭良いし羨ましいなー」

「話したことあるけど、物腰柔らかいし優しいし、大和撫子って── 」


 堪らず走り出す。

 胸が苦しいのは、走ってるからじゃない。


 曲がり角、段ボール箱を二つ重ねてひょこひょこと歩く姿が一つ。


 こんな展開の脚本を貰ったらベタすぎて笑ってしまうほどだけど……

 現実は、人が思い描く以上にドラマチックだ。


「一つ持ちますよ」


「あ、ありがとうございます。ご心配をおかけ── 」


 私と目が合った瞬間、少し目を見開いてそのまま固まった彼女。

 まるで人形のようにピクリともせず……

 処理が追いついていないのだろうか、その姿も愛くるしい。


「これはどちらまで?」


「こ、こ……こちらです……」


 初対面のような反応。

 私が学生になりきっているのが伝わったのだろうか。


「ここでいいかな? あ、雨降ってきちゃった……傘、持ってます?」


「い、いえ……その……降るとは知らずに……」


 もしも今出会っていたら、きっとこんな感じだったのだろう。

 そう思うとなんだか不思議で……

 それはきっと彼女も感じているはず。


 だからこそ演じてしまう。

 だって、女優だから。


「私車で来たんですけど……よかったら、一緒に帰りませんか?」


 彼女とは何かになりきって会話をしたり……なんて時が偶にあるけど、どんなときでも私に応えたいという彼女は、私以上にその役になりきってしまう。

 どうやら今もそうらしい。


「ふ、ふつつか者ですが……」


「ふふっ。名前、何ていうの?」


「雨谷……雫です」


 もじもじとしおらしくしている彼女が堪らなく愛しい。


「雫って呼んでもいいかな?」


 俯きながら小さく頷く彼女。

 可愛すぎてこの設定に私が耐えられない。


「私、日向晴。好きなように呼んでね」


 てっきり日向さんって呼ぶのかと思っていたのに……

 彼女は、私以上に演技派らしい。


「晴……ちゃん?」


 我慢できず、車の中で初めてのキスをした。


 ◇  ◇  ◇  ◇


「で、初めて会ったフリをしてたらこんなにしおらしくなっちゃったの?」


「は、はじめまして。雨谷雫と申しましゅ……」


「何? この可愛い生き物は」

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