第60話 末永く
「そうそう、それで……ふふっ、うんうん……うん、じゃあまたね」
最近は固定電話で詩音ちゃんと電話する事が増えました。
高校生までは、私が電話している時は父が横で目を光らせていたので、気軽に電話なんて出来なかった。
自由に電話出来るなんて、恵まれてるなぁ……
「すみません、つい長電話をしてしまいました」
「ううん、楽しそうだったから私も嬉しいよ。こっちおいで」
日向さんに呼ばれて、ソファへと行く。
すでに座っている日向さんの前にお邪魔して、後ろから抱きしめてもらう。
いつもの私達の納まり方。
ふと見ると、机の上にあるスマホは画面が割れてしまっている。
「それね、落としたら割れちゃったんだ」
「そうなんですか……大事にしてらしたので、なんだか可哀想ですね……」
「…………ねぇ、スマホ買いに行こっか」
「ふぇ?」
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぇぇ……沢山種類があるんですねぇ」
携帯電話屋には、様々な種類のスマホが並んでいる。
その下には商品の性能(おそらく)が書いてあるが、私にはサッパリ分からない。
あ、これ日向さんが使ってるやつだ。
ふぇぇ……案外安いのかな……
……違う。なんだか小さい字でゴチャゴチャと書いてある。
ふむふむ……よく分かんないけど、取り敢えず分割払いなんだ。
えーっと一括だと……いちじゅう……
「ふぇっっ!!!??」
思わず大きな声が出てしまった。
人々の視線が痛い。
そんな視線を遮るように、日向さんは私を隠してくれる。
「もー、どうしたの?」
「す、すみません………その……あまりにも値段が高くて……」
「…………ふふっ。そうだよね、高いよね」
私の頬を撫でて、メガネとマスク越しでも分かる程優しく微笑んで下さる日向さん。
「ねぇ、スマホ買ってあげる。分割ならそんなに気にならないでしょ?」
「そ、そうですね……」
「これなんか良いんじゃないかなぁ── 」
◇ ◇ ◇ ◇
携帯電話屋を出て、近くのハワイアンダイニングカフェなるお店でお茶をしています。
私にはお洒落すぎて地に足がつかないので、足をプラプラさせて座っている。
「なんでスマホ買わなかったの?」
机の上には、パカパカする馴染み深い携帯電話が一つ。
悩んで、悩んで……私はこれを手に取った。
「……本当はスマホの方が良いんだろうなと思ったんです。でも……」
「でも?」
「日向さんが前に言って下さったんです……そのままの私でいて欲しい、変わらなくていいって……スマホでの電子的な繫がりでは無く、そういった繋がりの方が私にとっては大切なんです。好きな人の……好きでいたいので」
東京というおまちで働く為には、スマホは必須なのかもしれない。
でも、あの時の日向さんの言葉が……日向さんの想いが忘れられなくて……
それに……
「……ふふっ、こうなる事は分かってたけどね」
「そ、そうなんですか?」
「雫の事だもの。分かるよ。雫がどんな想いなのかも……」
鼻先が触れる程近い距離。
人前なのに……はしたないって分かってるのに、目を瞑ってしまう。
こんな私でも、好きでいて下さるだろうか……
「そんな顔しないで? 大好きだから」
心の中を見透かされて……恥ずかしくて、嬉しくて。
そんな日向さんだから、私の意図はきっと伝わっている。
「スマホ、就活に必要だったんでしょ?」
「……いいんです。約束しましたから」
ちょうど一年前、日向さんのマンションで言われた言葉。
ずっと心に残っていて……嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ち。
でも、日向さんは一度言ったら曲げない人だから。
そんな日向さんも、好き。
「私が養ってあげる。だから、ずっとずっと、あの家で暮らそうね」
「はい。末永く、宜しくお願いします」
頬と頬を重ね合わせ、二人して笑い合う。
私も日向さんも我慢できなくて、人目を憚らずキスをした。
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