第59話 ありがとう


 明日は私の誕生日。

 そして、彼女の誕生日。


 同じ年、同じ日に生まれた私達。 


 誕生日なんて、今までは興味が無かった。

 飲めるようになったお酒を飲んで、一人で酔っ払って、偶々通りかかった彼女に色々とぶち撒けてしまった一年前。


 でも、今年は違う。

 こんなにも待ち遠しい誕生日なんて、生まれてはじめてだと思う。

 何を祝うのかはよく分からないけど、きっと明日の彼女を見れば、答えが出てくる気がする。


 そんな彼女はコソコソと何かを準備し始めている。

 隠し事が苦手な彼女だから、気が付かないように、意識しないように努めた。


「じゃあ行ってくるね。夕方には帰れるかにゃ」


「気を付けて下さいね。何か食べたい物はありますか?」


「んー……目の前にあるから、夜頂こっかな」


「…………待ってますね」


 そんなに可愛い顔をされたら、我慢出来るはずもなく……

 つい、玄関でつまみ食いしてしまった。

 

 ◇  ◇  ◇


 朝から幸せに包まれて仕事に向かう。

 誕生日といえば、ケーキとプレゼントをあげるのが定番……かな?

 でもまぁ……ケーキは彼女が今日作っているんだと思う。

 意識しないようにしていたけど、あの材料は間違いなくそうだよね。


 となるとプレゼントか。

 どうしようかなぁ……


 ◇  ◇  ◇


「えっ!? まだ終わんないの!!?」


「ごめんねぇ、ヒナちゃん。追加で撮りたいって」


「だ、だって……もう八時過ぎてるけど……」


 もっと早く終わる予定だった。

 それから、プレゼントを買いにいって……


 いや……もっと早くから準備しておけばよかったんだ。

 

 彼女の顔が頭に浮かんで、心の中に靄がかかる。

 こんな時ですら、彼女に甘えたいなんて考えをしてしまう。

 雫……

 私、恋人失格だよね……



 ◇  ◇  ◇



 周囲と同じように電気が消えた我が家。

 そりゃそうだよね、こんなに遅くなっちゃって……


 もうすぐ日付が変わる。

 せめて、ベッドで寝ている彼女におめでとうだけでも言おう。

 そう思い静かにドアを開けると、リビングで話し声が聞こえた。

 

 足音を立てずに近づくと、キャンドルの灯りが幻想的な雰囲気を創り出していた。

 そんな中、ピアノの前で彼女が狸と何かを話している。


「ポン助、日向さんに届くようにちゃんと歌うんだよ?」


【キャ?】


「あと……5、4、3、2、1……Happy Birthday 日向さん♪」


 誕生日の歌を、ピアノ演奏と共に歌う彼女。

 嬉しそうに、幸せな声で歌う彼女。

 

 テーブルの上には、ホールケーキが一つ。

 ニ種類のケーキが一つになっていて、きっと彼女と私、二人分という意味なのだろう。


 早く会いたくて、でも会えなくて……

 プレゼントも用意出来なくて…… 


 好きだから、大好きだから、もっと色々してあげたいのに…………


 そんな情けない私に、とびきりの愛情を届けてくれる。


 止めどなく涙が流れ、嗚咽を漏らしてしまう。


「ひ、日向さん!!? いつからいらした……どうしました? どこか痛みますか?」


 声を出すと泣き叫んでしまいそうで、静かに強く彼女を抱きしめた。

 そんな私を、優しく受け止めてくれる。


「……歌、届きましたか?」


「うん…………Happy Birthday……to You」


 か細く震える声で、彼女に歌う。

 おでこ同士をつけ、私は目を閉じた。


 それは、甘えさせて欲しいという、私達にしか分からない愛情表現。

 優しくて、柔らかくて、温かい彼女に包まれて、思い切り泣いた。


 ◇  ◇  ◇


「あーあ、泣きすぎちゃった。でもなんだかスッキリしたかも」


「ふふっ、おかえりなさい。それと……お誕生日、おめでとうございます」


 深々と頭を下げて、それから満面の笑みで私を見つめる。


 誕生日を祝う意味なんて、分からなかった。


「うん、ただいま」


 でも今日の彼女を見て、私なりの答えが出た気がする。

 おめでとうじゃない、もう一つの言葉。

 その五文字の中に、沢山の想いが込められている。

 

「…………雫、ありがとう」


 同じ年に、同じ日に生まれてくれて、私と出会ってくれて……好きになってくれて、ありがとう。



 ◇  ◇  ◇



「雫……その格好は?」


「た、誕生日プレゼントです…………にゃ」


 猫耳、尻尾、猫の足を模したふかふかのスリッパ、手を丸め猫のポーズ。

 ……可愛すぎる。


「嬉しいからなんだっていいけど、一応理由を教えてくれる?」


「……日向さんの好きなものは何かにゃと思いまして……烏滸がましいとは思うのですが……そ、その……私…………かにゃと……」


 耳まで赤くなり、涙目で俯く彼女。

 怖いよね、恥ずかしいよね。

 でもそれ以上に、私のことが好きなんだね。


「ですから……今日は日向さんのニャンコです…………にゃ」


「もー……今日だけなの?」


 喉を撫でると、気持ち良さそうに顔を擦り寄せてくる。

 私の、私だけの雫。

   

「いつまでも、あなたのニャンコです。ですから…………」


「なぁに? 仔猫ちゃん」


「……いつまでも、可愛がって下さい……にゃ」


 人生で最高のプレゼント。

 これ以上のモノは無いと思うけど……この先も、彼女なら私の想像なんて簡単に超えてしまうんだろうな。



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