第58話 無我夢中


 今日は日向さんとアウトドアショップなる所に来ています。

 巷ではキャンプ等が流行しているそうで、お洒落な道具が沢山陳列されている。


「ふぇぇ……お洒落な飯盒ですねぇ……ふぇっ!!? は、八千円もするんですか!?」


 他にも小さな折り畳める椅子が二万円もしたり、無機質なコップが五千円もする。


「ひ、日向さん! このお店はハイパーインフレーションを起こしてますよ!!?」 


「もー、なにそれ? 割高だけど、ブランド物だし需要が少ないから仕方ないんじゃない?」


「ふぇぇ、そうなんですね……ところで今日は何を買いに来たんですか?」


「椅子と焚き火台とそれから……結構買わなきゃいけない物があるね。暖かそうな服も買っていこっか」


 ◇  ◇  ◇


 という訳で、山奥にやってきました。


「日向さん、ここはどこですか?」


「知り合いが管理してる山だよ。この先が……ホラ、凄いでしょ?」


「わぁ……素敵ですね……」


 森を抜けると、そこには街を一望出来る開けた空間が姿を現した。

 美しい山々、街並み、その先に広がる海。

 素敵な場所に、素敵な人と来ている……

 そう考えただけで、口元が緩んでしまう。


「いつか大切な人と来るのが夢だったの」


 見間違いでなければ、嬉しそうな顔で日向さんはそう仰った。


「さて、その大切な人とは誰でしょう?」


 鼻先が触れる程近くに寄る日向さん。

 私です……なんて言える勇気も無くて、そのまま目を閉じた。


 ◇  ◇  ◇


 気がつけば日も暮れ始め、風が冷たくなってきた。

 日向さんと手分けをして、大小様々な枝を集めています。

 好き勝手に使っていい土地だそうで、山盛りに集めた枝を燃料に、焚き火を行うみたいです。


「これだけあれば、夜通し出来そうだね」


 そう言いながら、日向さんは小さな金属同士を擦り合わせ火花を散らしている。

 その火花は麻の繊維のようなものに付くと、あっという間に着火した。

 小さな枝から燃やしていくと、焚き火の出来上がりである。


「ふぇぇ……出際がいいですね……」


「何回も動画を見て、頭の中で練習してたから。雫にイイところ見せたくて」


 焚き火を見つめる日向さんが輝いて見えるのは、火の灯りだけが原因では無い。

 煌く瞳に吸い寄せられるように、身体を寄せる。


「…………好きです」


 もっと言いたい言葉が沢山あるけれど、どの言葉をも掻き消してしまう程、私の中は好きで溢れている。


「…………」


 何も言わず、私を見つめる日向さん。

 滾る炎を目の前に赤らんだ頬の理由はきっと……


 肩を寄せ合って、火を眺める。

 徐々に暗闇が広がる中、焚き火の奥では街の灯りが星空のように輝いている。


「……星空みたいって思ってた?」


「ふぇっ!? どうして分かったんですか!?」


 戸惑う私に微笑みながら、日向さんは空を見上げた。

 澄み切った空気、どこまでも星空が広がっている。


「……この星に生まれて、この時代に生きる私達が出会う確率って、文字通り天文学的な数字になるよね。だからこそ……理屈じゃない事って当たり前にあると思うの」


 言葉の合間合間に、唇が触れ合う。

 隙間を埋める行為は、どんな時でも一緒にいたいという証。


「……それでも理由が必要なら、言葉にするよ?」


「どんな言葉ですか……?」


 互いを求める想いが強くなる。

 はしたないけれど仕方ない。

 だって、好きだから。


「今、雫が最後に思った事だよ」


 顔が熱くなり、自然と涙が溢れる。

 その涙を指で掬い、恍惚とした表情で口へと運ぶ日向さんを見て、私の心の中で何かが弾けた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 気がつけば熾火が消えかけていた。

 肩を寄せ合い、一つの毛布に包まる私達。

 

「あんなに淫れた雫は初めて見たにゃ」


「わーわー!!? わ、忘れて下さい!! あっ、流れ星ですよ!! これは、しぶんぎ座流星群ですね。三大流星群の一つで── 」


「もー、上手く誤魔化すんだから。じゃあお願い事しないとね」


 空を見上げながら、日向さんは集中している様子。

 私は焚き火を大きくしながら、そんな日向さんを眺めていた。

 

 幾度いくたび流れる星達に、日向さんは何かを呟いている。


「私の夢、届いたかな」


「どんな夢ですか?」


「仕事を辞めて、雫と日本一周するの。それが当面の夢。雫の夢は?」


「わ、私ですか? 私は……」


 小さな頃から、夢なんて無くて……

 父に言われた通りの人生を歩んできた。

 そんな二十年間だった。


 二十一年目……あなたに出会ってから、私は少しずつ自分で歩き始めた。

 変わりゆく毎日が愛しくて、尊くて……

 それは全て、隣にあなたがいてくれるから。

 自分がどんな人間なのか忘れてしまう程、あなたの事しか頭になくて……

 私は──


「私は、夢を見ている最中です」


「…………じゃあ、幸せな結末にしてあげるね」


 どうかこの夢が覚めませんように……そう願いながら眠りにつき、目が覚めると感じる温もりと寝顔に、夢現ゆめうつつで頬擦りをした。

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