第54話 私の番

 

 日曜日早朝、私にしては珍しく目が覚めた。

 隣ではすやすやと眠る愛しい彼女。

 眠りながら時折口をぱくぱくさせるのは、きっと私しか知らない彼女の癖。


 そんな唇にそっと指をつけると……


「ひなたしゃん……マヨネーズは三三七拍子ですにゃ……」


 可愛すぎでしょ…… 

 抱きしめたい衝動を抑えて、おでこにキスをした。 


 せっかくの早起き、彼女の為に使いたい。

 もし私が朝食を作ったら、喜んでくれる……よね。

 ふふっ、きっとかわいい顔するんだろうなぁ。


 よし、やりますか。


 ◇  ◇  ◇  ◇

  

 さて、キッチンに立ってるわけだけど……

 朝食はなにがいいのかな。


 いつも雫は前夜の私の状態、それから当日の仕事の内容から朝食を決めてくれている……んだと思う。

 私が起きやすそうな日は割としっかりした和食。

 忙しい朝はささっと食べられる軽食。

 今日みたいにお互い休みの日は、焼き立てのパンなんか作ってくれて……


 ……愛されてるよね。

 私も愛してる。だから、今日は私が雫にしてあげる番。


「和食が好きだから和食かな? ふふっ、喜んでくれると嬉しいな」


 ◇  ◇  ◆  ◆


 日曜日の朝、寝坊をしてしまいました。

 昨夜は日向さんにとても愛してもらったので…………うん、当然起きれないよね。


 目が覚めると日向さんは隣にいらっしゃらなくて、少しだけ寂しさを感じた。

 日向さんも、いつもこんな気持ちなのかな……

 まだ日向さんの温もりを感じるシーツを握りしめて、足りないモノを埋めてゆく。


 リビングへ向かうと、日向さんは台所にいらっしゃって……


「和食が好きだから和食かな? ふふっ、喜んでくれると嬉しいな」


 どうやら、私の為に朝食を作ってくださるらしい。

 嬉しすぎる……


 内緒で作業しているようなので、そのまま寝室に戻った。


 暫くして、何かが暴れまわるような音が響き始めた。

 時々日向さんの声が聞こえるので、これは多分日向さんが料理をしている音なのだろう。


 以前日向さんが料理してくださった後の台所は、まるで台風が過ぎ去った直後のようだった。


 日向さん曰く、私の為に何かすると張り切り過ぎて空回りしてしまう事が多いそうで……

 料理もその一つと仰っていた。  


 ドアからカリカリと音がするので開けてみると、ポン助が私に飛びついてきた。

 身体を強張らせて、何かに怯えている様子。


 コッソリとリビングを覗くと、煙が充満していて、火災報知器が鳴り始めた。

 木霊するように、バジェット一号二号が奇妙な声をあげながら輪唱している。

 それから……台所で項垂れている日向さん。


 急いでリビングの窓を開けて、日向さんの元へ向かう。


「おはようございます。どうなさいましたか……?」


「…………」 


 ポロポロと涙を流しながら、私とお皿を交互に見つめる日向さん。

 お皿には、真っ黒になってしまった料理達が煙を出しながら佇んでいる。


「……雫に食べさせたかったの」


 普段見せることのない、弱気で健気な日向さん。

 抱きしめて、守ってあげたい。

 そう思うよりも先に、私は日向さんを強く強く抱きしめていた。


 そんな私に寄りかかり、服の袖を掴んで鼻を啜る日向さんが愛しくて……


 いつも私がして貰っているコト。

 いつも、いつだって、沢山の愛を私は頂いているから……

 

 だから、今日は私の番。


 こんな考え方が出来るようになったのは、日向さんとお付き合い出来たから。

 日向さんが私を変えてくれたから。

 日向さんが好きだから。


 日向さんと向かい合い、両肩に手を添え、意を決する。


「……まだ一つだけ……食べられるものがありますよ?」


「雫……」


 心臓が飛び出てしまいそう。

 恥ずかしい。怖い。


「あの………………その…………」

 

「………雫、頑張って」


 そう言いながら、日向さんは私を巻き込んでソファに倒れ込んだ。

 涙目で、頬が赤らんでいる日向さん。

 その姿に、胸の奥から想いが溢れ出てきて……

 何回も、何回も、恋をする。


「…………いただきます」


「ふふっ、召し上がれ♪」


 知らない愛し方を経験し、また一つ、あなたを好きになる。

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