第55話 Nähdään ensi vuonna


「日向さん、明日はクリスマスですよ! サンタさんにお手紙は書きましたか?」


「えっ? あー…………えっ?」


 世の中には二種類の人間がいて、圧倒的大多数に私も所属している。

 今の会話からすると、彼女は少数派なのだろう。


「どうかしましたか……?」


「ううん、なんでもないよ。今から手紙書こっかなぁ」


「ふふっ、二人で迎える初めてのクリスマスですね」


 彼女の一言一行が、堪らなく愛しい。

 語彙力が乏しいけれど……只々、好き。


「雫は去年どんなクリスマスを過ごしたの?」


「サンタさんから戴いた小説を読んでました」


「えっと……それは実家で?」


「いえ、あのアパートで……あっ、電話ですね。私取ってきます」


 考えなきゃいけない事が多すぎるので、脳をフル回転させて考える。

 アパートにサンタが来たって言う事は……

 いやいや、そんな事はない……よね?


 じゃあ誰が?って話で……

 私達の家にある固定電話が鳴ったのが答えなのかもしれない。

 滅多に鳴ることのない電話。

 かけてきた人は──


「日向さん、父から電話です」


 まぁ……そうなるよね。


「日向ですが……」


《貴様、分かっているだろうな》


「……今理解しました」


《ふんっ── 》


 ぶっきらぼうに電話を切る雫父。

 照れ隠しの意味もあるのだろう。

 峻厳な態度を貫いているが、メルヘンチックな部分も持ち合わせているらしい。

 そんなチグハグな雫父を想像すると、なんだか可笑しくなってくる。


「どんな用件でしたか?」


「雫の事が心配だったみたい。ねぇ、サンタさんの手紙ってどんな事書いたの? 見ていい?」


「わーわー!? だ、駄目ですよ? これはサンタさんしか見ちゃいけないんですから」


 可愛いなぁ……

 思わず抱き寄せて、甘い時間が始まる。 

 プレゼント、どうしようかな……


 ◇  ◇  ◇  


「うん、これでよし」 


 就寝前、彼女が机の上に色々と準備をしている。

 お菓子を並べて、魔法瓶に紅茶を淹れて……

 毎年こうしているのかと思うと、可愛くて愛しくて堪らない。


「日向さんもここに手紙を置きますか?」   


「うん、そうしよっかな」  


 彼女が寝たあとで準備するしかないか。

 ……それまでは楽しもう。

 

 だって今日はクリスマス・イブだから。


 ◇  ◇  ◇


「ひ……日向さん……これ以上は……」


「どうして? イヤなの?」


「……サンタさんに……見られちゃいます」


 その言葉と瞳は、私の理性を壊すのに十分だった。


 気が付けば時刻は二時を越えており、果てた彼女は寝息を立てている。

 幸せいっぱいの惚気た顔でリビングへ向かうと、机の上に手紙が見えた。

 ……ごめんね、雫。


【サンタクロース様へ。今夜はとても気温が下がると聞いたので、魔法瓶に温かい紅茶を淹れておきました。お好みでお砂糖を入れて下さい。昨年戴いた本は、今でも楽しく読ませて頂いています。素敵なプレゼント、ありがとうございました。今こうして手紙を書いている私は、とても幸せです。そして、それはこれから先も永らく続いていきます。私に渡す分のプレゼントは、日向晴さんに差し上げて下さい。日向晴さんの幸せが、私の幸せです。二十年間、ありがとうございました】


 自然と涙が頬を伝う。

 自分の愚かさと、彼女の想いが胸に突き刺さる。

 この想いは、絶対に守らなきゃいけない。


 車の中から、あるモノを取り出してくる。

 クリスマスに一緒に飲もうと買っておいたラッピングされたお酒。

 私達が出会ったキッカケでもあり、実はあれ以来お酒を飲んだことが無かった。

 ……大切な日に飲みたいねって、二人で話し合っていたから。

 

 机の上にお酒を置き、手紙を添える。

 スマホで翻訳しながら、丁寧に綴っていく。

 

 Nähdään ensi vuonnaまた来年も会いましょう

 

 彼女の顔が浮かび、思わず頬が緩んだ。


 ◇  ◇  ◇


「おはようございます。よく眠れましたか?」


「おはよ、寝過ぎちゃった。なんだか嬉しそうだね」


「ふふっ、今日はクリスマスですから。日向さんもプレゼント貰いましたか?」


「……うん、沢山貰ってるよ」

 

 世の中には二種類の人間がいて、圧倒的大多数に私も所属していた。

 でも、今は違う。


 だって、あの晩あの場所には、確かにサンタクロースは存在したのだから。  


「あれ? なにこの手紙……外国語?」


「わーわー!!? 見ちゃ駄目ですよ── 」 


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