第36話 求愛行動
大学での書類作りが長引いてしまい、夕方になってしまった。
日向さんが先に帰っているので、急いで夕食作りです。
「遅くなりました……今作るので待っててくださいね」
「雫、おかえり」
「えーっと今日はなんだっけ……エビとアスパラで……取り敢えず下処理を── 」
台所であたふたしていると、日向さんに両手でほっぺを押された。
思わず目が丸くなる。
「おかえりなさい」
「ひゃ、ひゃひゃひまへふ……」
「ふふっ、こっちにおいで」
手を引かれソファに連れられる。
向かい合って、日向さんの上に私が乗っている。
「あ、あの……重くないですか……?」
「全然。ちょっと目、瞑ってて」
そう言われて素直に目を瞑ると、私を優しく抱き寄せて優しく背中を撫で始めた。
時折ポンポンと叩いて、私に安堵感をもたらしてくれる。
忙しなかった心が落ち着いて、甘い雰囲気になっていく。
胸元に一つ痕を付けてもらうと、夕食作りの事など消え去ってしまった。
「落ち着いた?」
口を開くとはしたない声が出てしまいそうだったので、小さく頷いた。
「よしよし。反対向いて?」
こどもに絵本を読み聞かせる時のように、日向さんの前に私が座る。
目の前にはタブレット。
「今日はさ、デリバリーでなんか頼もうよ。雫は何が食べたい?」
タブレットで様々な料理を見せてくれる。
でも、私の耳元で囁かれる声しか私の中に入ってこない。
ただ訳も分からずに頷く事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇
という訳で、ピザとパエリアが私達の家に届きました。
便利な世の中です。
「こういうの初めて?」
「はい。日向さんと体験する殆どが初めてですよ?」
食べ慣れないピザのソースが鼻先に付いてしまう。
悪戦苦闘していると、私の視界は何故か天井を見上げていた。
「ふぇ……?」
「雫の初めてを沢山共有できて凄く幸せ。でもね、もしあの時出会わなかったら……そう考えただけでいつも怖くなるの」
そう言っておでこ同士をつけて目を瞑っている。
日向さんの想いが、恥ずかしくも痛い程伝わってくる。
「……星の数ほど可能性があったとしても、私はどの世界でもこうして日向さんに押し倒されてますよ?」
「……どうして言い切れるの?」
不安気に抱きしめる力が、堪らなく愛しい。
「理由は…………必要ですか?」
「……ううん、要らない」
キスをして、それから……
「ん? なんで笑ってるの?」
「鼻先にピザソース付いてますよ?」
「もう、雫のが付いたんでしょ? ほら、取って」
そう言って笑いながら鼻をつき出してきた。
なんだか懐かしい流れ。
それを日向さんも分かってる。
優しく鼻同士を付ける。
「ふふっ、何やってるの?」
「……求愛行動です」
何でこんなこと言っちゃったのかな。
後悔しても遅くて、夕食が再開した時にはピザもパエリアも冷めきっていた。
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