第32話 大好きな気持ちはお互い様


 今日は彼女が大学に行っていて、私はオフ日。 

 誰かを待っているっていうのも悪くはない。


 床に落ちている資料達。

 雫、忘れていったのかな……

 見るつもりはなかったけれど、偶々見えてしまった内容。


 これは……就職活動の……?

 インターンシップ……

 ここにある資料は、どれも聞いたことのある企業ばかりで、彼女がどれ程大学で頑張っているのかが一目で分かる。 


 就職……ね。


    ◇


 彼女が帰ってきて、二人で映画を見ている。

 教師と高校生の恋愛物。

 生徒は卒業したら結婚するつもりだったが、大学まで行き自分の進むべき道を探しその後教師になりめでたく結婚するという、ベタなストーリー。

 エンディングが流れ、彼女は浸っている最中。


「ねぇ雫、卒業したらどうするの?」


「えっ……? わ、私ですか?」


 動揺している辺り、何か思うところがあるのだろう。


「就職したいの?」


「……見られちゃいました?」


「ごめんね、偶々見えちゃって」


 少し間を置いて、俯きながら彼女は口を開いた。


「…………不安なんです。今とっても幸せで、でももしかしたらこれは夢だったんじゃないか、日向さんの気の迷いだったんじゃないかって……そうしたら、私には何も残らない。私には……日向さんしかいないから……」


 気の利いた台詞を頭の中で考えていたけれど、自然と体が動いて言葉よりも先に口を塞いだ。

 どれだけしたのか分からないくらい長い口付け。珍しく自分から求めてくる彼女に、抱えている不安が伝わってくる。


「……それに、それだけでは無いんです」


「?」


「時折辛そうにお仕事に行かれる日向さんを見て……その……私が養えればと」


「雫……」


「ですから……お仕事を辞めて頂いてもいいんですよ? 好きな事をして、好きな時にお昼寝をして、たまに私と触れ合って頂ければ……」


 私は彼女の事を、彼女は私の事を考えている。

 大好きな気持ちは、お互い様。


「私は雫を養いたいんだけど……それじゃダメ?」


「でも……その……」


 言いたい事はよく分かるので、そのまま口を塞いだ。

 彼女の想いが嬉しくて、私の心が徐々に開いていく。


「好き。大好き。仕事なんてどうだっていいから、ずっと一緒にいてよ」


 キスの合間に、言葉を紡ぐ。


「私も好きです。絶対に離れません」


 就職の事も、私の仕事も、先の事は分からない。

 分かってる事は、彼女は私が好きで、私は彼女が好き。


 目を開けると、彼女が優しく微笑んでいた。

 この顔に、何度恋をしただろうか。


「どしたの? そんなに可愛い顔して」


「……幸せなんです。どうしようもないくらい幸せで……ふふっ、笑っちゃいますよね」


 普段恥ずかしくて言えない言葉も、今ならお互いすんなりと言える。


「雫……好きになってくれて、ありがと」


「こちらこそ。もう嫌だって言うまで……離しません」


「じゃあ……もう勘弁してって言うまで抱きしめてあげる」


 何度見ても飽きないこの景色を、いつまでも見つめ合った。


    ◇


「しかし可愛かったにゃぁ」


「な、何がですか!?」


「もう嫌だって言うまで離しません、って」 


「わーわー!!? や、やめて下さい……」 


「あーあ、録音しとけば良かった」


 なんてからかっていると、彼女は私の服の袖を掴んでおでこを肩にコツンと当ててきた。


「…………忘れないで下さいね」


 全く……可愛すぎでしょ。

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