第26話 雫ちゃんご来訪②


 妹のあやは、私と歳が3つ離れている。

 だから彩は父親の記憶が無い。


 それもあってか、姉としての責任感……的なものが昔から芽生えていて、彩には寂しい思いはさせまいと、とにかく甘やかした。


 その結果がこれである。


「誰? この芋臭い女は」


 3つ上の女性を半泣きにさせる程、尖ってしまった。


    ◇


「あ、あの! 私、雨谷雫と申します!!」


「…………で?」


 果敢にアタックしている彼女を見事に砕く彩。

 まぁ彩は……なんとなくこうなるかなとは思ってたけど……


 マジマジと彼女を見る。

 見定めていると言ったほうがいいのだろうか。


「晴姉、なんでこの芋女なの? 全然……晴姉らしくないよ…………」


 私は彩の憧れの姉だ。

 彩から見れば、華やかな世界で生きている私は、そこで輝いている人と一緒にいて欲しいのだろう。


「……凄く素敵な人だから。彩も分かってくれると思うよ」


「……分かんないし」


    ◇


 少々気まずいまま、夕食になった。

 私の好きな献立が食べきれない程並んでいる。


「雫さん、そんなに緊張しないでね?」


 カチコチという表現が正しい程に、彼女は固まっている。

 連れてくるの、ちょっと早かったかなぁ……


「芋、醤油取って」


 呼び名がどんどんと短くなっていく。

 芋って……


「かけ過ぎると身体に悪いですよ? このままでもとても美味しいかと……」


「うっさいな! 気安く話しかけないで」


「……でも、私は仲良くしたくて…………」


「晴姉の妹だからでしょ? じゃなきゃアンタだって私の事……」

     

「はい、そうです。日向さんの妹さんですから」


「……そんなハッキリ言わなくてもいいじゃん…………」


「ですから、今日こうしてお会いする事が出来ました。でなければ、私達は一生交わる事は無かったと思います。そう考えると……凄く素敵だと思いませんか?」


 そう言いながら微笑む彼女には、誰も敵わない。


「……アンタよくそんな恥ずかしい事言えね。バカじゃない?」


「はい、おバカさんですね」


「……名前なんだっけ」


「はい! 雨谷雫と申しましゅ!!」


     ◇ 


 食後、彼女が母と何か話をしている。

 こっそりと耳を立てて盗み聞き。


「あ、あの……お母さんが働いていると知らずに買ってしまったんですが、これを……」


「……私、ここのバウムクーヘン大好きなの。ありがとう」


「そ、それからですね……その……あの、私……晴さんと……」


「……晴は今、幸せだから雫さんをここに連れてきたと思うの。あの子が幸せなら、それが私の幸せ。晴を好きになってくれて、ありがとね。あの時……雫さんの気持ちは受け取ったから。晴があなたを好きになった理由、分かる気がするな」


 何があったかを聞くのは野暮ったいだろうから聞かない。

 ただ、二人の距離が近づいた事が嬉しかった。


    ◇  


「ねぇ雫、大学ってどんな所? 何すんの?」


「そうですね……私の通っている大学では── 」


 彼女がバウムクーヘンを小さくして彩の口まで運んでいる。

 主従関係というか、何というか……


「決めた! 私、雫と同じ大学に行く!!」


「彩はすぐに言う事変わるよね。この前は宇宙飛行士だっけ? まずは赤点を脱出してから言ったらどう?」


 また彩の心変わりが始まったと、母と私が笑う。

 熱しやすくて飽きっぽい、彩の癖。


「別にいいでしょ!? 目指すのはさ……私の勝手なんだし……笑いたきゃ笑えばいいじゃん!!」


 私達は彩の事をよく知ってるから、苦笑いをしているけれど……彼女だけは、真剣な目で彩を見つめていた。


「笑いません。頑張る人を笑う権利なんて、誰も持っていませんから。大丈夫、なんて軽い言葉は使えませんが……一緒に頑張りましょう。そうしたら来年は……同じ場所にいられるかもしれませんね」


「……うん」


「……やっぱり使いたくなっちゃいますね。大丈夫、彩さんなら大丈夫です。ね?」


「…………」


 彩は顔を紅くして、彼女を見つめている。

 それ以来、彩は彼女にベタベタとくっついて離れなくなった。


「ねぇ、次はいつ来るの? 明日?」


「彩、私の雫なんでそろそろ離れて貰ってもいい?」


「いいじゃん。雫、私の事好き?」


「はい、好きですよ」


 上機嫌で彼女に顔を擦り寄せている。

 ……今日くらいは許してあげよう。

 私の家族に受け入れられた事は、何よりも幸せな事だから。


    ◇


 彩は風呂に行き、雫と母さんは食事の後片付けをしている。

 私もやれって話だよね。


 何もしないのも気まずいので、隣に立って二人を見ている。


「今日は御馳走様でした。家族の場にお邪魔してしまい、なんだか申し訳なくて……」


「いいのいいの。雫さんは……家族みたいなモノだから。ね?」


 何も言わずに、ただ頷く。

 恐らくは、頷く事が精一杯なのだろう。 

 彼女の目から涙が零れ落ちている。

 手が泡だらけなので私が代わりにその涙を優しく拭った。



「またいらっしゃい。今度は雫さんの好きなものを作ってあげるね。何が好き?」


 彼女は暫く考えてから、私の腕を抱きしめた。


「晴さんが好きです」


 途方も無い愛が込められたその笑顔を見て、思わずキスをしてしまった。

 仕方がないよね、好きなんだから。

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