第24話 借りてきた猫は更に借りられる


 さて問題です。

 私は今、どこにいるでしょうか?


 なんと、一人で横浜に来ています。 


 今日は夕方から日向さんのご実家でお食事を頂く事になった。

 今朝急に決まった事で、ご家族に挨拶という現実に、喉から色々なものが出てしまいそう。


 日向さんはお昼すぎまでお仕事。

 朝たまたま二人で見ていたテレビ番組で、バウムクーヘンが有名なお菓子屋さんが特集していた。

 食べた人が幸せになれると言っていたそのお店の場所、行き方を急いでメモをした。


 少しでも楽しい時間にしたかったので、意を決してお店のある横浜まで来た訳である。


 うん、おまちだね。


 メモと駅に備わってる地図を見ながら、ゆっくりと進む。

 隣に日向さんがいない事が不思議。


 出会ってから、私の隣にはいつも日向さんがいてくれた。

 私の実家、あんなに山奥にまで来てくれて……

 だから今日は私がやらなきゃ。


 なんとか辿り着いたお店では、お客さんが既に列を成していた。

 私は浮いていないだろうか。


 お店に入ると、中は可愛らしい装飾やデザインでキラキラと輝いている。

 

 私には縁のなかったお店。

 でも、今は……きっと、縁があるからここに来たんだよね。


 私の番になり、メニュー表を見つめる。

 見た事も聞いた事もない横文字達。

 そういえば、私はバウムクーヘンを食べた事が無かった。

 そもそもこれってどんな味がするんだろう……


 後ろの人たちからの重圧が伸し掛かる。

 早く選ばないと、そう考える程空回りする。


 やっぱり、私みたいな田舎者がこんな所に来るべきじゃなかったんだ……  

 でも……これは私の為じゃない。

 少しでも喜んでもらいたいから。


「あ、あの……このお店で……一番美味しいものを下さい」


 後から誰かが鼻で笑った。

 嫌な言葉も聞こえてくるけど、仕方がない。

 私は無知だから。


 泣きそうな私を包み込むように、店員さんが優しく微笑んで答えてくれる。


「……今日はどなたかにプレゼントするんですか?」


「た、大切な人の……ご家族に差し上げたいんです。お会いするのは初めてなんですけど……その……ここのお菓子は食べた人が幸せになれると聞いたので…………」


「……ふふっ、ではこちらはいかがですか?」


 微笑んだ店員さんは、どこか懐かしい雰囲気がした。

 綺麗な人……このお店のように、キラキラと輝いて見える。

 私はこの人をどこかで……


 可愛らしく梱包して貰う。

 自分だけで買えた達成感と、店員さんの優しさで胸がいっぱいだった。


    ◇


 家に戻ると、日向さんも丁度仕事から帰ってきた。


「なんだか嬉しそうだね。お菓子買えた?」


「はい。頑張りました」


 頭を撫でてもらい、抱きついて甘えさせてもらう。

 やっぱり、私には日向さんがいなければ生きていけない。


「じゃあ支度して行こっか」


    ◇


 家を出る前に、姿見で確認をする。

 日向さんとお揃いの服。

 それに少しだけお化粧をして貰った。


 可愛い……のかな。


 日向さんはこの姿の私を何回も抱きしめてくれた。

 何回も何回も、可愛いと耳元で囁いていた。


 自信はないけれど……

 好きな人の好きになれるなら、なんだって嬉しい。

 

「うん……やっぱり可愛い。ちょっとベッドに行かない?」


「さ、3回目ですよ? その……遅れてしまいますし……」


「いいよ、待たせとけば。ダメ?」


 断る理由なんて無くて。

 30分程遅れて、私達は車に乗り込んだ。


    ◇


 外はもう暗くなり始めている。

 一時間程走った所、とある住宅街に入った。 

 緊張して、何も考えられない。


 なんて話せばいいのだろう。

 どんな顔をすればいいのだろう。


「雫、大丈夫だから。ね?」


 私を諭すように、優しく手を握ってくれる。


「でも……もし、その……受け入れてもらえなかったら…………」


「大丈夫だよ。私の家族なんだから。信じて?」


「……はい」


 借りてきた猫をさらに借りてきたかの如く、縮こまって日向さんにくっついている。


 住宅街の一角に、日向という表札が見えた。

 緊張でパニック状態だけど、日向さんの握る温かな手が、辛うじて私を保たせてくれる。

 インターホンを押し、ゆっくりと玄関ドアが開いた。


「いらっしゃい。ふふっ、やっぱりアナタだったのね」

 

「あっ、え、その……ふぇっ?」


「なになに、いつ知り合ったの?」


 あの時の店員さんが……なんで……?

 緊張で、とうとう頭まで可怪しくなってしまったのだろうか。

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