第13話 幸せのカタチ


 幸せの形はそれぞれだと皆は言う。

 確かに決まりはないけれど、ボンヤリとしたものは大体皆同じ。


 私はその道から外れている。


 何があっても、この子は私から離れようとはしないだろう。

 もし離れるとすれば、それは私から。


 もしこの子が違う道へと歩めるとすれば、それは私が…………


「日向さん、見てください!雪が積もってますよ!わぁ…………綺麗ですね……」


 長い人生、この子の事を思えば……


「運転大丈夫ですか?宿に着いたら私マッサージしますね。ガム食べますか?うーん、甘いほうが良いのかなぁ……」


 それでも、今この瞬間は私だけのモノ。

 本当はもっと先に進みたい。

 でも、この子のペースに合わせなければ傷付けてしまうだろう。


 朝から気を張ってくれていたせいか、隣でうつらうつらとしている。

 脇道に止め、席を倒す。


 寝ぼけているみたいで、私の膝の上に頭をのせてきた。

 すうすうと寝息をたてて、時折口をぱくぱしている。

 

 可愛くて愛しい、私の雫。

 

 彼女の事を想い、涙を流す。

 そして自分の為に少しだけ涙を流し、目的地へと向かった。


    ◇


 ガタガタと揺れる車内。

 その振動で彼女が目を覚ました。


「ふぇ……?あれ……ここ…………!?ご、ごめんなさい!!私寝ちゃって……」


「ううん、気にしないで。寝顔いっぱい撮ったから」


「あぅぅ……」


 本当は写真なんかどうだっていい。

 こうして同じ時を同じ場所で過ごせているだけで、満たされるから。

 彼女との想い出は、写真なんかじゃ収められない。


「わ、私も撮っちゃいますよ?」


「ふふっ、どうぞ?」


「えーっとカメラカメラ……あった。撮りますね」


「デジカメ持ってるん……じゃない!?ナニソレ!?」


「え?カメラですけど……」


 圧倒的アナログ感。

 親指でギヤの様なものを回しているけれど……


「こんなの売ってるんだ……ねぇ、二人で撮ろっか」


 車を停めて、肩を寄せ合う。 

 彼女の匂いが濃くなっていくこの瞬間はいつもドキドキする。


「あれ……難しい……こんなもんでいいのかな……?」


「もう少し下げましょうか。……このくらいですね」


 彼女がカメラの位置を調整してくれた時、彼女の髪の毛が私の前でふわりとなびく。

 好きな人の一番好きな匂い。

 抑えきれない気持ちは、唇を塞ぐ形で表れる。

 彼女は一瞬目を見開いたけど、すぐに閉じて私の服の袖を掴んだ。

 愛しくて堪らない、幸せな時間。

 そのままシャッターを押して、あとは夢の中。

 どうやって宿に着いたのか分からないくらい、頭の中は惚気けていた。


    ◇


 宿につくと、彼女は献身的にマッサージをしてくれた。

 そんな姿が嬉しくて、少しだけ甘えさせてもらう。

 

 部屋の外にある露天風呂。

 硫黄の匂いがするそれに浸かった彼女は、ゆで卵の気分だと言っていた。

 私には思いつかない言葉の数々。

 その一つ一つが愛しい。 


 あっという間に夜になって、仲良く同じ布団に潜った。

 いつもと違う布団、違う寝間着、同じ匂い。

 お休みのキスをして、目を瞑る……筈だった。

 それは彼女から私へ、一歩進んだキス。

 突然の事で訳がわからない。

 眼の前では彼女が震えながら涙を流している。


「もう……どこでこんな事覚えたの?」


「……本屋さんで立ち読みをしてきました。女性同士の恋愛の事が書いてあって……過激すぎて直視出来なかったんですが……こんな形のキスもあると知って…………」


 涙は頬を伝って私に滴り落ちる。


「……怖くない?」


「怖いです。でも……私は幼いので…………嫌われたくないんです。少しでも……好かれたい。少しでも……長く一緒にいたいんです。どんな結果であれ…………私にとって最後の恋なので」


 心のどこかで、私がこうしなきゃと常に思っていた。

 でもそれは対等じゃなくて。


 きっと、私の考えている事が伝わってしまったのだろう。

 それでも、自分なりの答えを出して受け入れている。

 

 私は人のことを思ったフリをして、満足してるだけ。


 彼女の幸せは、彼女が決める事。


 私の幸せは、彼女が幸せになる事。


 お返しに、私から彼女へ……


「ねぇ…………私がヨボヨボの婆さんになっても……嫌いにならない?」


「……はい。私もヨボヨボですから」


 大人ぶって偉そうな事を考えていたけど、本当は私が彼女に心底夢中になっている。

 私は何があっても彼女から離れたりしない。

 彼女も私から離れる事はないだろう。


 人間いつかは独りになってしまうなら、せめてその日まで、私達は二人一緒。


 それが、幸せのカタチ。

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