第14話 育て方、育ち方


「日向さん、出来ました。ご注文のさばの味噌煮です」


「美味そ……いただきまーす……」


「ど、どうですか……?」


「メッッッッッッッチャ美味い♪」


 今日は久々に私のアパートに来ている。

 日向さんがお昼過ぎまでは時間があるというので、荷物を取りがてら手料理を食べてもらっている。

 

「ホント美味しい。毎日こんな料理食べられたらなぁ……」


「…………作ります。もう要らないって思うくらい……毎日毎日作ります」


「……ふふっ、年々塩分は減らしてね」


 幸せな会話。

 少しは恋人らしくなれただろうか。

 照れてしまうのは慣れなくて、いつも顔が赤くなってしまう。

 でも、そんな私が好きと言ってくれる。

 大人のキスは、一度きり。

 日向さんが私を気遣ってくれているから。

 それに甘えてしまって、なかなか踏み出せない。


「はぁ……雫のベッド、いい匂いだね」 


「自分では分からないですね……どんな匂いですか?」


「んー……幸せな匂い」


 そのままベッドに押し倒されて、日向さんが私を跨いで覗き込んでいる。


「分かる?」


「……分かります。目の前に……それがあるので」


 おでこ同士をつけて、頬ずりをする。

 その時の私達は目の前のことに夢中で、玄関が開く音に気付いていなかった。

 

「なっ、何やっとんだ!!!キサマ雫から離れろ!!!」


「……誰?警察呼ぶよ?」


「お、お父さん!?」


「いいから離れろ!!やはり上京なんぞさせなければよかった。雫、帰るぞ!」


 私の手を引こうとするお父さんを遮るように、日向さんが立ちはだかっている。


「あのね、もう20歳よ?自分の事は自分で考えてるんだからほっとけば?」


「何を言ってる!私の娘だ!!私が育ててきた!!いいから離れろ!!」


「お、お父さん落ち着いて……」


「雫は私といる事を望んでる。この子の気持ちを考えてあげたら?」


「偉そうな事を……言うなっっ!!!!」


 勢いのままに、日向さんの頬を平手打ちする。

 その音は、いつまでも私の中で響いている。


「っ…………可哀想な人。最終的に暴力に頼るしかないんだ。そうやって自分も育ってきたから、暴力以外の手段が分からないんでしょ?それで育ててきたって言えるの?雫に向き合ってきたの?」


 もう一度、日向さんの頬が弾ける。

 それでも日向さんは微動だにしなかった。


「……気が済むまでやれば?満足したら帰ってよ」


 日向さんの頬が赤くなっている。

 急いで冷凍庫から保冷剤を出して、頬に当てる。


「大丈夫ですか?痛くないですか?」


「うん、痛いけど大丈夫。ありがと」 


「お父さん……日向さんに手を出さないで。また近くに帰るから……その時話そ?」


 お父さんは舌打ちをして帰っていった。


 力任せで勢いよく閉めたドアは、金物が少し曲がってしまっている。

 日向さんは私の肩を優しく抱き寄せて、頭を撫でてくれた。

 本当は日向さんの心配をしなきゃいけないのに、その暖かさに甘えてしまう。

 私からキスをおねだりして、そのまま時間がくるまで抱き合っていた。


    ◇


「ホントに一人で行くの?」


「はい。私の問題なので……すぐに帰ってきますね」


「……メールするんだよ?何かあったら電話してね。それから…………」

 

「……?」


 おでこにキスをしてもらい、少しだけ強く抱きしめられる。


「好きだよ。いってらっしゃい」


「はい、いってきます♪」


 私のいるべき場所はここだから……

 ちゃんと話せばお父さんも分かってくれるはず。


 そんな呑気なことを考えていた私が間違っていたのだろうか。


 あれから一週間、私は実家に監禁されている。

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