第12話 私の愛に勝るあなたの愛


「あれ?雫、なんだか嬉しそうな顔してるね。良いことあった?」


「明日から春休みなんです。集中講義が終わったので当面大学には行かなくても大丈夫になりました」


「へぇ、よく分かんないけど一緒にいられるんだね…………そうだ!」


「どうしました?」


「旅行、行こっか」


「…………ふぇっ?」


    ◇


 まだ夜が明ける前、キャリーケースを車の後ろに積み込む。


 新聞配達のバイクが街を駆け抜けていく。

 普段だったら寝ている時間。

 口を閉じながらアクビをする為、涙目になってしまう。


「ふぁぁ……眠っ。ちょっと張り切りすぎたかな」


「で、でもなんだかワクワクしますよね。私は運転出来ないので申し訳無いのですが…………休み休み行きましょう」


「うん。大切なお姫様を乗せるからね。さ、どうぞお乗り下さい」


 微笑みながら助手席のドアを開けてくれる。

 冗談なのか本気なのか、その真剣な眼差しに吸い込まれてしまいそうで……

 借りてきた猫のように、大人しく小さくなって乗り込んだ。

 

    ◇ 


「高速道路を走ってる時ってさ、顔を隠さなくてもいいから好きなんだ。みんなが知ってる日向晴でいる必要が無いっていうか」


 私はスマホもテレビも持っていないから、女優さんとしての日向さんを知らない。

 私が知っているのは目の前の日向さんで……いったい何が違うのだろうか。

 

「日向さんは…………」 


「ん?どしたの?」


 日向さんは今の仕事が好きなのか、そう聞こうと思ったのだけれど……

 何故か言葉に出来なかった。


「ご、ごめんなさい……その……」


「……言いづらかった?いいよ、雫の胸の中に閉まっておいて。また話せるようになったら教えてね」


 そう言って頬にキスをしてくれた。

 日向さんはいつもこうして甘えさせてくれる。

 私ばかり、多くのモノを貰っている。


 日向さんは平気なのかな…………


「んー、朝日だ!なんか旅が始まった感がするね。ちょっとサービスエリア寄ろっか」


 まだ人が疎らなサービスエリア内。

 日向さんは当たり前のように帽子にサングラス、そしてマスクをつける。

 みんな日向さんを知っているから……


 胸が締め付けられる。

  

「じゃ、行こっか。……雫?どうしたの?」


「……あの、どうして顔を隠さなきゃいけないんですか?日向さんは多くの人を感動させるお仕事をしてるのに……どうして日向さんが我慢しなきゃいけないんですか…………私は隣でヘラヘラしてるだけで……何もしてあげられなくて……私は貰ってばかりで……日向さんに何も…………」


 泣いたってどうしようもないのに、ただ困らせるだけなのに。


「……ねぇ、写真撮ろっか」


「えっ?」


 帽子達を外して、私の横にピタリとくっつく。

 スマホの画面には私達が映っている。


「私さ、写真なんて撮りなれてるから……自然と顔を作っちゃうんだよね」


 パシャパシャと撮りながら日向さんは話してくれる。

 私はそれどころじゃなくて、ちょっとしたパニック状態。


「だから……今撮ってるのはみんなが知ってる私の顔。雫、私にキスして」


「ふぇっ!?そ、そんな急に……」


 たじろぐけれど、日向さんの声は真面目だ。

 私に何かを求めてくれるなら、私はそれに応えたい。


「し、失礼します…………」 


 頬に優しく口をつける。

 顔から火が出そう。


「……雫、カメラ見て」


 スマホの画面には紅くなった顔をした私。それに……


「この顔は雫、あなたしか見た事がない顔。あなただけが知ってる……日向晴だよ」


「私しか知らない…………」


 どうしよう、嬉しすぎる。

 撮った写真を二人で眺めて、肩を寄せ合う。


「この写真、雫に送るよ…………どう?」


 ピロリン♪


「わぁ……日向さん可愛い……あ、ありがとうございます!後生大事にさせて頂きます……」


「もー、大袈裟な……そうだ!ちょっと貸して…………どう?」 


 携帯電話の待受画面が、今撮った写真に変わっている。

 思わず見入ってしまう。


「……私さ、明後日からドラマの撮影があるんだ。朝から晩までなんてざらだし、夜も遅くなっちゃう時もある。せっかく雫が休みになったのに、離れている時間が増えちゃう。だから……今日は雫と色んな想い出を作りたいな」


「………つ、作りましょう!その……ふ、二人だけの大切な想い出を……」


 指は絡まり、おでこ同士がくっつく。

 恋人らしい、自然なキス。


「私のこの顔も……日向さんしか知りません。日向さんにしか見せません。全部……日向さんのモノですから」


「ふふっ、ありがと……あっ!今動画モードになってたっけ、ほら見て」



【日向さんかしか知りません。日向さんにしか見せません。全部……日向さんのモノですから】



「なっ、え、そっ……消してください!!消せますよね!?」


「スマホは消せないんだよ、ゴメンね」


「そ、そうなんですか……」


「…………プッ、嘘だよ。でも消さない!ほら、行くよ!」


「ま、待ってください!消してください!!」


    ◇


 何枚も写真を撮った。

 恥ずかしいけど、想い出が形になる事が嬉しかった。

 日向さんは私を撮るのが好きみたいで、ふとした瞬間を狙って撮っていた。


 パシャッ 


「ふぇっ!?私今どんな顔してました!?」


「ふふっ、可愛い顔だよ」


「く、くしゃみを我慢してた顔ですよね!?」

      

「……全部好きだから。いいでしょ?」


【全部……日向さんのモノですから】


「わーわー!!?や、やめてください!楽しむならひっそりとお願いします……」


 私を撮っている日向さんはとても嬉しそうな顔をしていたから、なるべく意識しないように心掛けた。

 時折遠くを見つめる日向さんが少し心配で……どこか遠い所へと行ってしまう、そんな予感がしてしまう。


 臆病な私は、いつもより少しだけ強く手を繋ぐ事しか出来なかった。

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