第11話 恋は向かいわせ


「いやだー、行かないでー!!」


「わ、私も出来ればここにいたいのですが……大学に行かせてもらっている以上は、休む訳には……」


 子供のように駄々をこねる日向さん。

 いつもの様な大人びた雰囲気との差がとても愛しい。


「と、とりあえず今日は私のアパートから荷物を持ってくるので……待ってて頂けますか?」


「…………ねぇ、大学って何時から?」


「今日は……10時までには着いていたいです。どうかしましたか?」


「ちょっと待ってて」


 そう言って日向さんは誰かに電話を掛け始めた。

 耳に髪を掛ける仕草がとても艶やかで……    

 耳の後ろに小さな黒子が見えた。

 

 もしかしたら、私しか知らない事なのかもしれない。

 そう思うと、口元が緩んでしまう。


「雫、支度して行くよ」


「えっ?大学にですか?」


「寄り道♪」


    ◇

 

 タクシーで10分程走ったところにある住宅街。

 そこで降りて、月極と書かれている駐車場に来た。

 この前もそうだけど、人混みが苦手な私の為に日向さんはタクシーを使ってくれる。

 私の事を考えてくれている、そう思うだけで胸の奥が温かくなる。


「さ、行くよ雫」


「ふぇ?」


    ◇ 


 ハンバーガー屋さんで朝食を買い、車の中で移動しながら食べる。

 なんだかおまち過ぎて、少し緊張してしまう。

 この風景に、上手く溶け込めているだろうか。


「ここのハンバーガー屋さ、朝しかやってないんだ。私朝苦手だからなかなか食べられないんだよね」


 運転しながら食べようとしているけど、片手じゃなかなか包装を取れないみたい。

 食べやすいように半分だけ取って日向さんに渡す。


 嬉しそうに頬張ってる姿がとても可愛い。


「あっ、口元汚れてますよ?拭くものは……あれ?無いのかな……」


「……雫、指で拭いてくれる?」


「えっ?」


 信号待ち、いたずらっぽく微笑んでこちらを見ている。


 指で…………


 少しだけ震えながら、口元についたソースを指で拭う。

 そのまま日向さんが指をくわえて……

 気が付くと私の指は綺麗になっていた。


「………………ふぇっ?」


「うん、美味し♪」


 その後の事はあまり覚えていない。

 心臓の音が私の中で強く響いて、頭が惚気けていたんだと思う。

 気が付くと大学の近くにいて、気が付くと講義を受けていた自分がいた。


 ピロリン♪


【ちゃんと授業受けたかにゃ?私もちょこっと仕事があるから、終わったら雫のアパートに迎えにいくよ(`・ω・´)ゞ】


 一緒にいた時間が長かったから、メールが凄く久々に感じてしまう。

 

【ありがとうございました。無事着けました。今日は天気が悪いそうなので、道中気を付けて下さい】


 ピロリン♪


【任せとけい!浮気するなよー?(っ・ω・)っ 】 


 ……する筈ない。

 こんなにも大切にされて、こんなにも愛されて……こんなにも好きなんだから、他の誰かの事は考えられない。


 気持ちが溢れる。

 普段言いづらい事でも、メールなら少し勇気を出せば送る事が出来る。

 いつか、素直に言えたらいいな。

 

【早く会いたいです】


 日向さんはどう思ってくれるだろうか。


 喜んでくれるかな。

 面倒だと思われちゃうかな。


 ピロリン♪


【私も一緒だよ。でも急にどうしたの?大丈夫?大好きだからね】


【私も好きです。今日は何時頃までお仕事ですか?】


【今日は─── 】


    ◇


 外は小雨模様。

 大学の人達が、今日は雪が降るかもしれないと言っていた。

 室内でも肌寒さを感じる日、雪見鍋を作った。

 日向さんは喜んでくれるかな。

 

 18時にはこの部屋に着くとメールに書いてあったけど、もう一時間は経っている。

 事故を起こしてしまったのでは……

 心配になり思わず外に出る。


 雨はみぞれ混じりになっていて、寒さは一層増している。

 

 メールは来ていない。


    ◇

 

 空は小米雪が舞う。

 薄っすらと、地面に積もり始めた。


「雫?なんで外で……冷たっ!?えっ!?なんでこんなに冷たいの?何時からここで待ってるの!?」


「日向さん……良かった…………事故していたらどうしようかと思って………」


「……バカ。風邪引いちゃうでしょ?ほら、中に入ろ」


    ◇


「仕事が長引いちゃってゴメンね。連絡も出来なくてさ」


「い、いえ…………あの……ひ、日向さん…………この格好は…………」


 服が雪で濡れてしまっていたので、すぐに脱がされた。

 下着姿のまま、毛布に包まされて……

 何故か日向さんも下着姿になって、私を後ろから抱きしめる形で二人毛布の中。

 肌と肌が触れ合っている。

 暖かくて優しくて……好き。


「……鍋、作ってくれたの?」


「……はい。雪が降るかもしれなかったので……外を見ながら雪見鍋を食べようかと」


「そっか………雫のそういう所も大好き。ねぇ、こっち向ける?」


 向かい合わせになる。

 恥ずかしくて、終始俯いている私。


 おでこ同士をつけて、見つめ合う。

 時間が止まる。


「……やっと会えたね。一日が長かった」


 頷くのが精一杯。

 私も、一日が長く感じた。


「ふふっ、鍋食べよっか」


「あ、あの……」


「ん?なぁに?」


「もう少しだけ……このままでいさせて下さい……」


 速い鼓動が2つ。

 この気持ちは、私だけではない。

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