第3話 初めてのキスは夢の味


 初めて恋をしたのはいつなんだろう。

 思い返しても、記憶にない。

 

 尊敬できる人、素敵な人は沢山いたけれど……こんな気持ちになったのは、彼女が初めて。


 だから、この気持ちがなんなのか理解出来ていなかった。


 この気持ちが、好きって事なんだ。


 私のおでこに残っている感覚。

 思い出すだけで、熱くなる。


「雫……その……私……」


 私が何も反応をしないからか、日向さんが困っている。

 でも、こんな気持ち初めてだからどうして良いのか分からない。


「ひ、日向さん、私……どうすれば良いんでしょうか……嬉しいんですけど、嬉しすぎて……あの、確認なんですけど私のおでこに── 」


「ストップ!!恥ずかしいからそれ以上言わないで……それと今凄い顔してると思うからあんまり見ないで……」


 目を逸らして壁の方を見ている。

 大きな瞳、長いまつ毛、綺麗な肌、艷やかな唇…………


 わー、ダメダメ!!

 どうしよう……嬉しい……


 互いに無言で、秒針の音が部屋に響いている。

 あれ?そもそもどうして日向さんは私のおでこに……

 

 静寂を破る着信音。

 日向さんのスマホからだ。


「誰だろう……え?もしもし……いや、いないけど…………ハァ!?撮り直し!?なんで…………分か……りました、すぐ行きます。…………雫、ごめん。仕事が入っちゃったから行かないと……」 

 

「た、大変ですね…………暗くて寒いので気をつけて下さいね」


「うん…………雫?」


 気がつくと日向さんの服の袖を掴んでいた。

 離そうにも離れない。


「雫……泣いてるの?」


 全てが私の無意識から生まれている。

 心と身体が解離しているのだろうか。


「ご、ごめんなさい…………気持ちの整理が追いつかなくて、その…………本当にごめんなさい…………」


 おでこに暖かな感触が再び訪れて、私の身体は日向さんに包まれる。


「謝らないで。ここに戻ってくるから……待っててくれる?」


「…………はい」


 どうしよう……凄く幸せ。

 日向さんが頭を撫でてくれて、ようやく気持ちが追いついてくる。


「じゃ、また後でね」


「……ひ、日向さん…………」


「ん?」


「…………いってらっしゃい」


 その後の事は、よく覚えていない。

 うっすらと残っている記憶では、日向さんが私を抱き寄せて……

 夢を見ていたのだろうか……口と口が触れ合ったような……


 気がつくと誰もいない玄関に立っていて、日付が変わっていた。

  

 全てが夢だった……そう思ってベッドに横たわると、そこには初恋の匂いがまだ残っていた。


   ◇  


「んん……支度しなきゃ…………今日は土曜日だっけ……」


「雫、おはよ」


 まだ夢の中なのだろうか。

 私の部屋に、私の目の前に日向さんがいる。


「あれ……?日向さん……いい夢だなぁ……」


「……じゃあせっかくの夢だから雫の好きなようにしてみたら?」


 夢の日向さんにそう言われたので、そのまま日向さんへと擦り寄る。


「よしよし」


 夢の中なので甘えてみる。

 日向さんの手に頬ずりをして、まるで猫の様になる。

 普段なら恥ずかしくて絶対に出来ない事。


「……日向さんはどうして私なんかに良くしてくれるんですか?」


「……雫はどうして私と一緒にいてくれるの?」


「私は……好き、だからです。でもこんな気持ち初めてで……どうしたらいいか分からないんです。それに私が好意を抱いても……迷惑ですよね」


「……好きな気持ちは誰にも止める権利なんか無いよ。私がおまじないをしてあげる。目を瞑って10秒数えて。そしたら雫は目を覚ますんだけど……きっと、良いことが待ってると思うよ」


 なんの疑いも無く目を瞑り、カウントを始める。

 でも……目を覚ましたら日向さんがいなくなってしまう。

 

「9……10── 」


 私の唇に柔らかくて温かい何かが触れた。

 驚いて目を開けた私の前には、先程と変わらずに日向さんがいて……


「雫、大好きだよ」


 その言葉の意味を理解するのに大分時間が掛かった。

 だって、ありえないよ……そんな事。


「ふぇっ!?あ、あれ?夢……」


 頬を引っ張っても叩いても痛いだけ。

 顔が熱いのは、叩いたからだけでは無い。


「何か私に言う事はあるかにゃ?」


「え、えっと……その……あの……」


 私の中の全てがパニックで、何も考えられない。

 言う事……日向さんに言わなきゃいけない事は…………


「お、おかえりなさい……」


「うん、ただいま」


 そう言って二度目のキスをしてもらい、夢の続きは始まった。

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