第7話 ネイバル〜海の王国〜

「うわ〜!すっごーい!」


 無事にネイバルへと入国した四人は、まず、国のシンボルでもある港を訪れていた。

 明るい灯棒の光の下で、真っ青な海が波打ち、いくつもの大きな船が行き来し、たくさんの人々がいきいきと過ごしている。


「すごいわね。海のないダーデッドではまず見られない光景だわ」


 潮風になびく髪をなでつけながらレイリが言った。


「うん。これだけ水があれば、この国には水魔術師なんていらないんじゃないの?」

「それがそうでもないんだよ」


 呆気にとられたような声で言ったナツに、シイナが笑いかける。


「海の水は塩水でね、飲み物とか生活用水としては、そのままでは使えないんだ。たしかにこういう国では水そのものを供給する必要はあまりないけど、代わりに水の浄化が必要なの」

「へぇ〜、さすがシイナ。詳しいね」

「お父さんの受け売りだよ」


 褒められたシイナが照れくさそうに言うと、今度はリオがその肩に飛びついた。


「シイナ、じゃあ、あれは何?」


 その指が差していたのは、巨大な太い円錐形の建物。上の方に大きな窓がついていて、そこから海に向かって光がのびている。


 確認したシイナは、あぁ、とうなずく。


「あれは灯台だよ。海には灯棒がなくて暗いでしょ?だからあれを使って船が迷子にならないように光を送ってるの」


 陸にある灯棒の光が届く波打ち際は青く明るく美しいが、その先の海は不気味に暗い。真っ暗な大海原へ出かけていく船にとって、灯台は生命線だ。


「ふうん。じゃあこの国の光魔術師は大変だね」


 光を扱う施設があることは、光魔術師の魔力供給が必要なことを意味する。街を照らす灯棒の他にあんなに巨大な灯台があるとなると、その負担はダーデッドの比ではないだろう。


「そうだね、ダーデッドと比べたらそうかもしれないけど、でも大丈夫だよ。教会の上級魔術師様たちがうまく調整してくれてるはずだもん」


 魔力供給の当番は、教会の各国支部が割り当てる。人々の生命線たる魔力を守りつつ、生活に欠かせない魔法道具を稼働させるのが教会の役割の一つだ。

 シイナは明るく言ったが、ナツがぽつりとつぶやいた。


「そうだといいけどね」


「ナツ?何か言った?」


 聞こえなかったリオがききかえす。


「なんでもない!」

「えー、嘘だー!絶対なにか言ったよ」

「なんでもないってば。ただのひとりごと!」

「え〜」


 寮でおなじみの痴話喧嘩が始まったところで、レイリがぱんぱんと手を叩いた。


「はい、おしまい。学校じゃないのよ、静かにしなさい」


 旅の指揮官たるレイリのその言葉に、リオとナツはそろって口をつぐむ。


 そんな二人を見て満足そうにうなずき、灯台の――街の中心の方を指さした。


「まずは宿を探そう。もう野宿はごめんだわ。貿易港ならいくつかあるだろうし、あっちに行ってみよう」

「おー!」

 元気よくこぶしをつきあげるリオ。


 一行は今日の宿を探して歩き出した。


 その道中。

 四人はあの灯台の側を通りかかった。


「うわー、近くで見るともっと大きいね」

「真っ暗な海でも、この光が見えればたしかにちょっと安心できるかも」

「本当ね。この光はどのくらい遠くまで届くのかしら」


 リオ、ナツ、レイリが灯台を見上げてそんな会話をするのをにこにこと見守っていたシイナの目に、一つの人影がとまった。

 巨大な灯台のふもとに立つ、チュニックにスカートを履いた女の子。まだ七、八歳くらいに見えるその子は、強い潮風に打たれながら、不安げな表情でじっと海を見つめている。


「どうしたんだろう……」


 なんとなく気になって、気づけばシイナは足を止めていた。


「おーい、シイナー!置いてっちゃうよー!」


 突然、リオの叫び声が聞こえた。


 はっとして振り返ると、三人はもう灯台を通り過ぎて先に進んでいる。


「あ、ま、待って〜!」


 女の子のことは気になるが、ここでみんなとはぐれるわけにはいかない。

 シイナは女の子に背を向け、リオたちを追いかけた。




 その夜。

 無事に宿を見つけた四人は荷物を置いて一休みし、ネイバルの特産品である魚介をふんだんにつかった夕食をとった。その後観光に向かった三人と別れ、シイナは海を訪れていた。


 浜辺の灯棒の数本がぼんやりとした弱い光で海を照らす。静かな波の音を聞きながら、真っ黒な大海原を眺める。


 海は嫌いではないが、あまりいい思い出はない。


 シイナにとって海は、兄姉や他の親族たちとの力量の差に打ちひしがれたときの逃げ場所だった。けれど、弱い自分を受け入れてくれる場所とは言いがたい。むしろ海は、シイナに弱さをつきつけて劣等感をあおるものだった。


「……水よ」


 小さくつぶやくと、手のひらに水の塊が浮かび上がる。


 子どもの頃と比べれば、ずいぶん魔法がうまくなった。けれどまだまだだ。この程度では、優秀な兄姉たちにはとても敵わない。


「おねえちゃん、水魔術師なの?」


 突然、声がした。


「きゃ!」


 驚いて振り返る。反動で手のひらの魔法が消える。


 そこにいたのは、昼間灯台で見たあの女の子だった。


「どうしたの?お父さんかお母さんは?」


 ドキドキと脈打つ心臓をなんとかおさえ、女の子にたずねる。灯棒はあるとはいえ、ここは街と比べるとずいぶん暗いし人通りも少ない。こんな小さな子が一人でいるのは危険だ。


 女の子は大きな琥珀色の瞳でシイナをまじまじと見つめ、やがて言った。


「お母さんは病気で死んじゃったからいない。お父さんは、海にいるの」


「海?」

「お魚を捕る仕事をしてるの」

「あぁ、漁師さんなんだね」


 内陸国であるダーデッドにはない職業だが、家族で訪れた海辺の国では何度か会ったことがある。


「ねぇ、おねえちゃんは水魔術師なの?」


 女の子が再び言った。

 驚きのあまり返事をしていなかったことを思い出し、シイナはごめんね、と一言謝る。


「そうだよ。まだ勉強中だけどね」


 女の子はまた黙ったままシイナをじっと見つめる。そしてようやく口を開くと、こう言った。



「おねえちゃん、あたしに魔法を教えて」










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