第6話 旅路
「ナツー、薪拾ってきたよー」
と声をかけながら、リオは山盛りに抱えた木の枝を見せた。
「あぁ、お帰り、ありがと」
待っていたナツとレイリの前に、シイナと二人で拾ってきた薪を下ろす。
枝がよく乾いていることを確認すると、ナツは右手をかざした。すかさず、リオは浮遊している光の玉を消す。
「火よ!」
とたん、ゴウッと音を立てて炎が薪に宿る。
「おぉ~!」
暗闇のなか、炎が煌々と輝く。リオは何度目かわからない歓声をあげた。
寒がりなレイリは、我先にと手をかざす。
「あんたも飽きないね」
呆れ調子で言うのはナツ。
シイナも笑って枝に刺した木の実をくべた。
ナツは鞄から山頂の町で買った肉を取り出し、火の中に放り込む。
「ねぇレイリ、ネイバルまであとどれくらい? そろそろ野宿もきついんだけど」
「そうね、私もベッドで寝たいわ。もう峠は越えたし、明日には着けると思うわよ」
地図を広げて話す二人。
ネイバルは、ダーデッドの隣の国だ。内陸国のダーデッドに対し、ネイバルの首都は海に面した港町。到着には、大きな山を越える必要がある。四人は、一週間ほど山の中で野宿を続けていた。
灯棒もほとんどなく、炎床も心もとない山中はとても冷える。
寝袋にくるまったリオは、隣のナツにすりよった。
「何?」
「寒いぃ……」
面倒くさそうにため息をついて、しかしナツはリオに寄り添う。
様子を見ていたシイナも、リオの側で丸くなる。
火の番のレイリが、おやすみなさい、と呟く。
リオは、静かに眠りにおちていった。
「ぐえっ!?」
お腹に強い衝撃を受け、リオはとびおきた。炎の赤が寝起きの目を襲う。目を白黒させてあたりを見回す。
お腹の上にあるのは、見慣れた赤い寝袋だ。
「遅い!」
顔を起こすと、おたまをかかげたナツが立っている。
シイナもレイリも起きている。どうやら今日も寝坊したらしい。まったく、灯棒も目覚まし時計もないなかでいったいどうやって起きているのか不思議である。
肉の焼けるいい匂いが鼻をくすぐる。
堪能しようと深呼吸すると、とびこんできた煙にむせた。
「リオちゃん、大丈夫?」
心配そうなシイナに頷き返す。
その顔がよく見えないことに気づくと、リオは寝ぼけた顔のまま宙に右手をかざした。
「う~ん……光よ……」
ぽぽぽ、と光の球が浮かびあがる。
あたりはぱっと明るさを増した。
「ありがとう。さぁ、起きて、リオ」
と、穏やかな声で容赦ないのはレイリ。
「今日中に次の村まで行きたいの。体力的にもきついし、食料にもそんなに余裕がないわ」
自分の夢のために始まった旅だ。仕切ってくれているレイリには逆らえず、リオはしぶしぶ体を起こした。
「水よ!」
食事が終わると、火を消して四人は立ち上がった。
荷物をまとめ、出発の準備を整える。
「それじゃあ、行きましょう」
レイリの合図で、一同は前進を始めた。
普段の長距離移動にはホウキを使うことが多いが、森の中ではそうはいかない。木々がおいしげっていて見通しが悪いし、緊急事態に対応できないからだ。
ろくに人も通らないのだろう、ぼこぼこした道を四人は歩いていく。光源はリオの光魔法だけだが、魔力には限界があるためそう無駄遣いはできない。最低限の明かりだけが足元を照らしている。そのため。
「きゃっ!?」
「おっと」
シイナがつまずいて悲鳴をあげた。隣を歩いていたナツがすかさず支える。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう、ナツちゃん」
ただでさえ足場が悪い山の中だが、このあたりはさらに木の根が地表に露出している。そのうえ下り道なので、先ほどから転んだりつまずいたりすることがとても多い。
「どんどん足場が悪くなるわね。みんな、気をつけて」
先頭のレイリが落ち着いた声で言う。
「はーい。ねぇレイリ、町は見えてきた?」
持ち前の運動神経で山道もなんなく歩くリオは、うきうきしながらきいた。
「まだよ。もう数時間はかかると思うわ」
「でも、海の匂いがするね」
レイリが苦笑しながら答えると、今度はシイナがそう言った。
ナツが驚いた顔でシイナを見る。
「シイナ、海の匂いがわかるの?」
「うん。うちは年に何度か、海沿いの街に訓練に行ってたから」
シイナの実家は、王国でも有名な水魔術師の家系だ。由緒ある魔術師の家は、魔法の訓練のために遠出することが少なからずある。
「さすが、名門は違うね〜。わたし、海なんて見たことないよ」
リオが感嘆すると、シイナは少し気まずそうに笑った。
「名門って言っても、私なんてまだまだだよ。訓練に行ったって、お兄ちゃんやお姉ちゃんのサポートばっかりだもん」
「人のサポートができるのは、その人のレベルについていける人だけよ。難しい環境ではあるかもしれないけど、あなたの実力は本物だわ」
謙遜するシイナに、レイリが真面目な顔で言った。
実際、シイナの魔法の実力は学園でもトップレベル。そのうえシイナは魔法以外の座学もよくできる。家族がみんな優秀なため本人は自覚できていないが、かなり優秀な魔術師なのだ。
普段正直すぎるほどお世辞を言わないレイリに褒められ、シイナは照れくさそうに笑った。
一行はその後も他愛ない話をしながら歩を進め、山を下っていった。
「リオ、見えてきたわよ」
昼食を食べてしばらく歩いた頃、レイリが振り返って言った。
「ほんと!?」
リオは跳び上がって駆け出し、先頭に躍り出た。
「わぁぁ!」
その口から歓声が漏れる。
うっそうと生い茂る木々のその先に、懐かしい灯棒の光が見えた。魔術師による人工的な明かり。そこに街がある証拠だ。
「いよいよ近いんだね。海の音も聞こえるよ」
シイナが耳に手を添える。
「このザザーンって感じの音?」
同じようにして耳をすませながらナツがきく。
シイナはうん、と頷いた。
「これが、本物の海の音……」
レイリも海を生で見たことはないらしい。目を閉じて耳をすまし、うっとりと呟いた。
「よーし!調査の始まりだ―!」
リオが両手をあげて叫ぶ。
周囲の光の玉が、ひときわ強く輝いた。
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