第5話 旅立ち
図書館で古書を見つけてから二か月。
いよいよ、待ちに待った夏休みがやってきた。
あれからも時間を見つけては聞き込みや調査を続けていた四人だが、あれ以上の成果はあげられていない。
それでもリオの情熱は冷めず、それどころかレイリの知識欲が刺激されて勢いはむしろ増していた。
「失礼します~……はぁ~あ」
ブースを出たとたん、ナツが盛大なため息をついた。
うんざりした顔で歩いてくる友に、リオは預かっていた鞄を渡す。
「ありがと、ナツ」
ナツは呆れたように受け取ると、「どーいたしまして」と力なく答えた。
学園で終業式を終えた四人は、街役場を訪れていた。協会が運営するこの施設では、公的な手続きや書類のやりとりが行われている。一週間以上街を離れる際には、役場もとい協会への旅行届の提出が必須なのだ。
理由は簡単、協会での魔法道具への魔力供給を止めないため。
協会は各国の王家や政府を超越した世界的機関で、世界中の魔法道具とその運営を管理している。『第二の心臓』と呼ばれる魔力が尽きれば、人は死んでしまうからだ。協会は各地で魔力供給のシフトを組み、人々の暮らしと世界のバランスをとっているのだ。
「二ヶ月でよかったのよね?」
「えぇ。夏休み中に行って帰ってくる予定よ」
ナツの問いに、レイリがうなずく。
四人は並んで役場を出た。
「サンってどんなところかなぁ~」
「きれいなところだといいね」
楽しげに話すリオとシイナ。対してその隣では、ナツとレイリが難しい顔をしている。
「サンってけっこう遠いよね? 二か月で帰って来れる?」
「うーん、かなり急がないと厳しいかもね」
のんきな声色のレイリに、ナツは語気を強めた。
「そんないい加減な! リオがいるのに、計画どおりになんて進むわけないじゃん」
「ちょっとナツ! なにそれ~」
耳ざとく聞きつけたリオが、シイナとレイリ越しに抗議の声をあげる。
「そのままの意味よ!」
声をあらげたナツに、周囲の人々が振り返った。
四人ともすっかり忘れていたがここは公共の場である。
「……すみません」
リオたちは、身を縮こまらせて役場を出た。
「ただいま~」
みんなと別れたリオは、久々に実家の門をくぐった。
薬草が植えられた庭も赤い丸屋根も、変わっていなくてほっとする。
「あら、おかえり」
茂みの向こうから、母の声がした。しばらくすると懐かしい顔がひょいと現れる。
「早かったね」
「うん。意外と早く手続きが終わったんだ」
この世界の植物は、植物魔法を扱う植物魔術師のおかげで生きている。
植物協会から地中に魔力を送り、草木の根に生命力を送るのだ。
母と一緒に家の中に入ると、奥から一人の女の子がやって来た。
「早かったねー……あ」
母を迎えにきた彼女は、リオを見て足を止める。
癖のある茶髪に、大きないちご色の瞳。リオよりやや小柄な体と知的な顔立ちは、間違いなく妹のナオだ。
ナオはデイビーンではなく自宅から通える学校に通い、母の家庭菜園を手伝いながら料理を勉強している。
「お姉ちゃん、おかえり」
リオに感情をとられたとも揶揄されるクールな妹は、注意して見ないとわからないほどわずかにほほえむ。
リオには、両親でさえ困難な彼女の表情の見分けができた。
「うん! ただいま」
ナオはおもむろに手を差し出して鞄を受け取ると、おやつあるよ、と言い残して立ち去った。
「まったく、わかりにくい子ね」
「そうかな? わりと顔にでてるけど」
「あんたそれ本気で言ってる?」
母は妹よりも頼りない姉の本領に舌をまいた。
サクッ。パリパリパリ。
台所の椅子に座り、リオは焼きたてのパイを頬張った。
「ん~! ナオの手作りパイ! 久しぶりだけどおいしいなぁ」
幸せに浸るリオを見て、ナオはまんざらでもない表情だ。空になっていたグラスに、飲み物を追加した。
「今日はコノノの葉が入ってるね。酸味がちょうどいいわ」
母もパイを口にし、感想を告げた。
鮮やかなオレンジ色の果実、リハモのパイはナオの得意料理だ。作る度に変わる隠し味を当てるのも、食卓の楽しみである。
「お姉ちゃん、今年の夏休みはどこかへ出かけるんだっけ?」
リオはつまりかけたパイを必死にのみくだし、うん、と頷いた。
「ナツたちと一緒にね。フィールドワークだよ」
「へぇ。研究テーマは?」
「ずばり、青い空!!」
びしっと空中を指差すリオ。
母はぽかんとした顔、ナオは完全な呆れ顔だ。
「……青い空?」
「そう! わたしが夢でみた空なんだけどね、すっごくきれいなんだよ! 昔の本にも載ってたから、見れる場所を探しに行くの!」
リオの突拍子もない発言に、二人はすっかり慣れている。
息巻いて出かけて見つからずにへこんで帰ってくるところまで想像できたナオの第一声は、
「ナツさんたちに迷惑かけないでね」
それに対する母の返事は、
「大丈夫よ。レイリちゃんもシイナちゃんもいるんだもの」
リオへの信頼は皆無である。
しかしリオも冷たくあしらわれることには慣れている。何事もなかったかのようにパイの二切れ目に手をのばした。
「いつから行くの?」
「あひた!」
食べながら答えるリオ。
聞き分けるのにやや時間がかかり、
「明日!?」
と母の声が裏返った。
翌朝。
まだ灯棒も半分ほど眠っている早朝に、リオは家を出た。
「気をつけてね」
庭仕事スタイルの母がどこか心配そうな顔で言った。
リオは照れたように「大丈夫だよ」と笑う。
「じゃあ、行ってくるね!」
母に手を振り、身を翻した、そのとき。
「お姉ちゃん!」
上空から大きな声が響いた。
ぎょっとして見上げると、二階の窓からナオが顔を出している。
「ナオ?」
「あら珍しい」
ナオは朝が苦手なはずだ。
会えないことを前提に、挨拶は昨日の夜にすませてある。
「これ、お守り!」
部屋の中でナオが振りかぶり、なにかを投げおろしてきた。
リオはあわててそれを追いかけキャッチする。
見ると、陶器の円盤が揺れるペンダントだ。紐にはカラフルなビーズも通されている。
「ありがとう!」
無事に姉の手に渡ったことを見届けたナオは、眠そうに手を振り部屋の中へ戻っていく。
「あの子ってば、遅くまで起きてると思ったらこれを作ってたのね」
手元をのぞきこんだ母が、呆れたように言った。
「ね? かわいいとこあるでしょ?」
本人を前にして言ったら確実に怒られることを言いながら、リオはペンダントを首にかけた。
ホウキにまたがり、再び母に手を振る。
「それじゃ、行ってきます!!」
まずは集合場所の広場に向けて。
リオは力強く地面を蹴った。
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