第3話 図書館

 正午。

 聞き込み調査を終えたリオたちは、寮の食堂に集まっていた。


 デイビーンの食堂は、十二の塔の中央に建つ薔薇の塔の一階にある。レンガ作りのしゃれたデザインで女子生徒から絶大な人気を得ている、デイビーン名物だ。

 リオたちもこの場所をとても気に入っており、四人はほぼ毎日食堂で食事をとっていた。


「そっか~、二人もだめだったか~」


 机上のパスタに顔をつっこむ勢いでうつむくリオ。


「うん……。先生たちも、そんなのは知らないって」

「学校の子たちも。誰も知らなかったわ」



 と、シイナとレイリが顔を見合わせる。

 サラダを口に入れたナツは笑った。


「ほらね、だからむりだって言ったのよ」

「う~……、ただの夢のはずないんだけどなぁ」

「あんた、その自信どこからくるの?」


 あきれたように言うナツの皿に、リオはさりげなくパスタから辛い実を抜き取って移す。

 ひとつ、またひとつと皿の縁に並べられていく赤い実を黙って見ていたナツだったが、


「ねぇ、なんで毎度毎度食べれないものを頼むの?」


 と冷静な疑問を口にした。


「ソースはおいしいの! あとわたし赤好きだし」


 赤いソースがかかったパスタから器用に実だけをすくいとりながら、リオはめちゃくちゃな理屈を訴える。

 思わず絶句したナツの皿から実を取りながら、レイリが言った。


「ねぇリオ、図書館に行ってみない?」


「図書館?」

 リオがぽかんとした顔でききかえすと、レイリは木の実の辛さに一瞬顔をしかめ、「えぇ」と頷いた。


「現代の人は誰も知らなくても、昔の人は知ってたかもしれない」


「本で調べてみるってこと? ……辛っ」

 同じく実を口にしたシイナが首をかしげる。



 四人の生きる時代では、印刷技術がずいぶん衰えた。衰えたというより、伝えられなかったのである。印刷は手軽に景色や音の記録ができる光板こうばん音玉おとだまにとって代わられ、印刷技術が存在した証拠は残された本……それもはるか昔に刷られたものだけとなっている。



「リオ、あんた本なんて読めるの?」

 こちらは平気な顔で赤い実を噛むナツがきくと、リオは「読む!」と叫んで答えた。

「あの景色のためなら、わたしなんでもできる気がする!」


 堂々と言いきったリオの皿に、三人はそろって木の実を返したのだった。





 同じく薔薇の塔の中程にある図書館には、灯りが少ない。灯棒とうぼうの光もほどんど差し込まず、生徒からの人気は低い場所だ。授業で使うような資料はみな魔法道具化されて校舎の資料室にそろっているため、好んで薔薇の塔の図書館を訪れるのは相当な物好きと言えるだろう。




 学校随一の物好きといっても過言ではないレイリが、慣れた手つきで図書館の重たいドアを開けた。


「うわー、校内案内以来だよ」

 と言ったナツは、図書館特有の本の匂いに顔をしかめる。

「わたしも……。レイリちゃんは、いつもどんな本読むの?」

 興味深そうにきょろきょろするシイナがレイリにきいた。


「私? あ、じゃあこっち来て」


 ほほえんだレイリは、三人を連れて広い館内をすたすたと進む。

 本棚と本棚の間をぬい、迷うことなく歩く図書館の主の足取りは、心なしかいつもより軽やかだ。



「ふふふ。レイリ、なんか楽しそうだね」

「あの子、本大好きだからね」

「ほんと。隙あれば図書館って感じだもんね」



 揺れる銀髪を追いながら、リオたちはひそひそと言葉を交わす。

 全く図書館を利用しない三人でも利用マナーをわきまえているあたりは、さすがはデイビーンといったところだろう。


「ついたよ。私のお気に入りの本棚」


 レイリは図書館の最奥に近いところで立ち止まり、本棚の前で両手を広げた。


「わぁ……!」


 三人の口から、思わず感嘆の声がもれる。


 そこには、濃い青色の背表紙がずらりと並んでいた。数が多いだけでなく、一冊一冊がかなり分厚い。


「こ、これって、全部で光板何枚分くらい?」

 おそるおそるきいたリオに、レイリは平気な顔で

「一番大きいの四百枚くらいかな」

 と笑った。

「よんひゃ……!」

 ひとまわり小さい光板一枚すら苦痛なリオは絶句する。

「レイリちゃん、すごいね」

 シイナも青い目を見開いて口にした。

「国語の光板四百枚ってことよね……。おそろしいわ」

 とつぶやくナツの顔色は恐怖に青ざめている。


 レイリは三人の反応に愉快そうに笑い、

「じゃあ、もっとおもしろいところに連れていってあげるわ」

 と再び歩きだした。




「あれ? これって……光板、だよね?」

 レイリが足を止めた本棚に、シイナが言って首をかしげた。

 これまでより背の低い本棚には、大きな本と光板がたくさん、隣り合わせで入っている。


「うん。授業で使うのじゃないから、こっちにあるらしいわ」

 レイリは、説明しながら光板を一枚手に取った。

 本棚の上に置き、指先で軽く触れる。すると、光板の上にホログラムのようなものが浮かびあがった。


「創立122年、国立魔法学校デイビーンの軌跡……。これってもしかしかして、アルバム?」

 浮かびあがる文字を読んだシイナが言う。

「そう。五年前のだから、私たちが三年生の頃ね」

「三年、生……」

「わぁ! 懐かしいね! 早く中見ようよ!」

 つぶやいたナツの肩にとびついて、リオがうきうきとせかす。

 レイリはほほえみ、ホログラムに手をかざしてページをめくった。



「わぁ!」



 リオとシイナが、そろって歓声をあげる。

 レイリが開いたのは、「3年2組」と書かれたページ。


「みんな小っちゃいねぇ」

「あ、わたしいた!」

 リオが、集合写真の一角を指した。

 そこには、大きないちご色の目をした女の子が一人。

「かわいい~!」

「あんまり変わらないわね」

「どこがよ。ずいぶん生意気に成長しちゃったじゃん」

 からかうように言ったナツに、

「ひどーい! 今も昔も、かわいいままでしょ?」

 と、リオが上目遣いで訴える。

「ほら、そういうとこ」

 ナツはリオの額をぴしっとはじくと、アルバムのページをめくった。


「五組……。レイリちゃんとナツちゃんだったよね?」

「ナツ見ーっけ! わ、この頃髪長い!」

 リオが指差した場所には、長い赤髪をポニーテールにした少女がいる。雰囲気はかなり違うが、たしかに五年前のナツだ。

「レイリちゃんは短かったんだね」

 と、シイナが差し示したのは銀髪のボブヘアの少女。瑠璃色の瞳は今のレイリにも健在だ。


 同じクラスだったナツの表情が、一瞬こわばる。

「あぁ、それはね、実を言うと切られたのよ」

 当人は平気な顔で言いきった。


「切られた!?」


 リオとシイナの声がそろって裏返る。

 事情を知るナツは、自分のことのように顔をしかめた。


「えぇ。当時の同じクラスの子たちが、なんだったかしら、調子にのってる、だったかしら? ある日突然、ばっさりいかれちゃったの」

 呆然とするリオとシイナを前に、ナツはどこか呆れたような表情で続ける。

「ま、この髪型が似合いすぎて、結局その子たちは悔しがってたけどね」


「恐るべき美しさだ……」

「その子たちひどいね。それ以降は大丈夫?」

 それぞれの反応を見せる二人だが、正直なところ理解が追いついていない。


「それ以降はまだちょっとあったけど、もう大丈夫だよ。今はクラスも違うし」

 と、レイリは何事もなかったかのようにほほえむ。

 いまだに呆気にとられているリオとシイナをみかね、ナツは手をのばしてページをめくった。



 アルバムは大幅にめくれ、イベントごとのページが開かれた。

 これまでとは毛食の違う華やかな、運動会のページだ。

「運動会かぁ。この時、青チームの優勝だったんだ」

 と、赤チームだったリオがどこか悔しそうに言った。

 ページの中央に映る優勝チームの集合写真の生徒たちは、皆青いはちまきを巻いている。

「そうだったわね」

 青チームだったレイリだが、たいして興味もなさそうに答える。

「あれ? ナツちゃんがいないね。ナツちゃん、いつもなら大活躍して真ん中にいるのに」


 疑問を口にしたシイナがふりかえると、ナツは青い顔で立っていた。


「ナツちゃん?」


 シイナがくりかえす。

 ナツははっとして、「ごめん」と薄く笑った。


「あたしそのとき、おじいちゃんのお葬式で学校休んだんだよね」


 あはは、と笑うナツ。

 取り繕ったような笑顔に、三人は違和感をおぼえる。

「そうだったんだ、ごめんね、何も知らなくて」

 気をつかったシイナが言うと、

「気にしないで。もう昔のことだし」

 と、ナツは笑顔で答えた。

 どこか気まずくなってしまった空気に、みんなは黙り込む。



「さ、遊びはここまでにして、青い空の手がかり探そっか」

 沈黙をやぶったのは、レイリの明るい声だった。

 右手を振ってアルバムを閉じ、本棚に片付ける。

「おー!ねぇレイリ、どこを探せばいいかな?」

 と、リオが元気に片手をつきあげた。

「そうねぇ……。私もそんなつもりで図書館に来たことないからなぁ」

 考え込んだレイリに、

「とりあえず、館内歩き回ってみようか?」

 ナツが提案する。

「そうだね。みんなで探せば、なにか見つかるかもしれないね」

 シイナも同意して、四人は歩きだした。



 広い館内をさまようこと約三十分。不意に、シイナが声をあげた。


「ねぇレイリちゃん、あそこはなに?」

 細い指が指す先にあるのは、一段と古ぼけた本たちがおさめられた本棚だった。



「あぁ、それは。古書、だよ」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る