第六章 第三次・召喚勇者

82.荒れ果てたクリディア

「ヒューディアルが見えてきたぞッ」


 海を渡る、一隻の船。以前の戦争の際にヒューディアルへと向かった船よりは一回り小さい。何せ、この船には船を操縦するプレシャ、そして俺たち兄妹に工藤茂春、合わせて四名。そしてこの四人だけなら三ヶ月は食いつなげるほどの食料が載せてあるだけだ。あれほどの大きな船は必要ない。


「久しぶり……だな」


「戻ってきたんだな。この地に」


 約一ヶ月ぶりくらいのヒューディアルの大地を踏み締める。しかしそこは、街の外のグランスレイフとは大して変わらない、至って普通の海岸だ。


「……まだ、戦争の跡が残ってるね」


 一ヶ月経った今も、あの戦争の際に地面に空いた穴や、残骸などはそのまま残っている。まあ、まだほんの一ヶ月前の出来事だしな。


「で、これからどうするのだ? もしいきなり我が姿を現すなんて事になれば、その場でパニックになるだろう。それに、近くに人が住んでいるような場所も見当たらないようだが……」


 唯葉は、一応持っていたヒューディアルの大陸地図を魔法で取り出す。


「……ここから一番近いのはやっぱり『クリディア』の街みたい。まずはそこを目指そう」


 クリディアといえば、冒険者ギルドのある大きな街だ。そして、戦争の際の舵取りを任されていた街でもあり、そのギルドマスター、ウィッツさんとも知り合いだ。色々と丁度良い。


 プレシャは、収納の魔法を使って車を取り出すと、地面にドスンッ! と置く。


「行くぞ。道案内を頼む」



 ***



「なんだ? 人間ってのはあんなボロボロの街に住む物なのか?」


 プレシャが、前方に見える街を見て言う。確かに、マーデンディアのような大都市に比べれば小さな街かもしれないが、そこまで言う必要あるか? ……と思ったが。


 ――目の前には、信じられないような光景が広がっていた。 




 車を降りて、荒廃し、変わり果てたクリディアへと向かう。


 建物は燃え、ボロボロに崩れ去っていて……それが、大きな争いの跡なんだという事が見て取れる。


 あんなに大きかった冒険者ギルドも、跡形もなく崩れ去ってしまっている。そこら中に落ちている人間の死体は、吐き気を催す腐敗臭で、周囲を包んでいた。


 あんなに栄えていたクリディアの街、全てが、このような状況だった。


「どうしてこんな事に……?」


 俺たちがヒューディアルを離れた一ヶ月間。一体、何が起こったのだろうか。


 荒れ果てたクリディアにはもう人の気配はない。ここは諦めて、他の街へ向かうしかないか? ……他の街も、ここと同じ状況である可能性だってあるが、実際に見てみない事には分からない。


「向かうとしたら、俺たちが知ってる『ドルニア』の王都か……? 良い思い出は無いんだが、他に大きな街と言えばそこくらいしか知らないしな……」


 クリディアと並んで大きな都市だ。そこなら誰かが居るかもしれないし、何かが分かるかもしれない。


 幸い、そこまで大きな大陸ではないし、日本やマーデンディアのように信号なんかもないので、車で移動すれば一日あれば到着できるだろう。夜の魔物だって、今の俺たちの敵じゃない。


「だが、嫌な予感しかしないな。まさかと思うが、人間が滅んだなんて事は無いだろうな……?」


「そんな事、あるはず……無いだろ。変な事は言わないでくれ」


 そんな不穏な事を言うプレシャに、少し怒り気味に言う工藤だったが……その可能性を完全に否定し切れないのがイヤだった。


「我も、そう簡単に人間と話し合いが出来るとは思って無かったが……まさか、その土俵に立つ事すら厳しいとは」


「こんな所でじっとしていても始まらない。……ドルニアなら、きっとまだ生きている人がいるかもしれない」


 そう言うと、俺たちはプレシャの運転する車に乗り込み、ドルニア王国の王都へと向かうことにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る